シナ文明を「独立文明」とし日本を「衛星文明」とした歴史家トインビーは、日本の縄文を見縊っていた。日本原住の縄文シュメール人がメソポタミアに渡り世界最古の高度シュメール文明を興したとは、知らなかったようだ。 


シナ文明を「親文明」「独立文明」とし日本を「子文明」「衛星文明」とした世界の大歴史家トインビーは、日本の縄文文明をまったく見縊(みくび)っていた。

日本原住の縄文シュメール人がメソポタミアに渡り縄文の高度な智慧をもって世界最古の文明、高度シュメール文明を開闢したとは、まだ彼は知らなかった。

まして、言語学や遺伝子研究の成果を、つまり、YAP遺伝子をもった言語族の民族がどの地域で生まれどの地域に移動しまたどの地域に戻ってきたか、などを、むろんトインビーはいまだ知りうる時代ではなかった。

しかし、トインビーの歴史論、文明論は、世界と日本の現代人の文明観をいまだどっしりと動かしがたく支配している。



歴史家トインビーが唱えた「衛星文明」説が、「支那が親、朝鮮が兄で、日本が末子という、支那文明日本渡来説」、として今日の日本国内と中国と韓国における、反日思想の根拠となってきた



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(以下の記事を抜粋転載はじめ)


http://khosokawa.sakura.ne.jp/j-mind11.htm
■日本文明は、個性ある一個の文明

2005.6.1



トインビーは、世界の歴史を研究し、「充分に開花した文明」が過去に21あったとしました。そして、これらの文明を5つの系統に分け、文明と文明の間の関係を研究しました。

彼は、共時的に並存している文明と文明との「出会い」によって、文明の相互に様々な影響関係が生まれることを明らかにしました。他の文明から与えられた「試練」(challenge)にある文明が「対応」(response)するという、文明間の受容や反発などのダイナミズムを描き出したのです。これが文明の「試練・対応論」です。

また、トインビーは、通時的には、5つの文明の系統には、それぞれ第1世代・第2世代・第3世代があるとしました。文明の「世代論」です。

そして、文明の世代間で、親子関係のような継承があることを明らかにしました。



さて、トインビーは初め、日本文明はシナ文明を「本体(main body)」とする「側枝(offshoot)」だと考えました。

家にたとえれば本家と分家、木にたとえれば幹と枝の関係にあると見たのです。そしてシナ文明が「親文明」であり、日本文明はその「子文明」だとしました。


トインビーの考えでは、シナ文明は殷に始まり漢までが一代目であり、隋・唐以後、それが再建されて、二代目となりました。


日本文明は殷から漢までの一代目シナ文明の「子文明」として発生し、

隋・唐以後の二代目シナ文明から引き続き、文字・制度・宗教・芸術・技術など多くの文化要素を採りいれることによって、未開から文明へと飛躍することができた

というのが、トインビーの理解でした。



彼によると、東アジアでは、数千年前からシナ文明が、ひとり「親文明」として先行していました。

その間、日本は長く縄文時代が続き、漢帝国のできるころ弥生時代へと移行しました。古墳時代の日本は、まだ「文明」とまで言うことはできません。

必要条件のいくつかを欠いているからです。たとえば、都市の出現、文字の使用、持続的な高度の政治制度、文明全体を統合する宗教などが、まだ欠けているとトインビーは言うのです。


彼の考え方によると、日本を文明と言いうるのは、大化の改新以後です。この時期より、シナ文明から、政治的には唐の律令制を採用して、政治的都市を作り、文化的には漢字の使用が広く行われ、宗教的には大乗仏教を輸入して、各地の国府に国分寺を建立しました。この時期をもって、日本文明の誕生とみなされます。


しかし、日本は、律令制は採り入れても、科挙は導入しないなど、取捨選択をしました。そして、日本固有のものを残しながら、シナ文明を「親文明」とする「子文明」を作ったのです。これがトインビーの言う「側枝」の意味です。



 その後、トインビーは「側枝」という用語をやめ、「衛星文明」と言い換えました。


これは、少壮の文明学者フィリップ・バグビーから、批判を受けたからです。バグビーは、諸文明を「主要文明(major civilization)」と「周辺文明(peripheral civilization)」とに区別すべきだと主張しました。

トインビーは、その意見を容れ、諸文明を「独立文明(independent civilization)」と「衛星文明(satellite civilization)」とに分けることにしました。

「衛星文明」とは、「独立文明」の刺激を受けて発生し、独立文明に依存し自立していない文明です。

日本文明の場合は、シナ文明を惑星とする「衛星文明」とされました。これが、トインビーの日本文明に対する見方でした。



バグビーの場合は、日本文明を「周辺文明」と位置付け、周辺文明でありながらも、かなり自立性を発揮していると見ましたが、トインビーもバグビーも、日本の文化については造詣が浅く、日本文明の特徴や日本文化の歴史について、十分理解していたと言うことはできません。


・・・・・・・・・・・


文明史家トインビーは、日本文明はシナ文明を惑星とする「衛星文明」と分類しました。これに対し、異論を唱えているのが、比較文明学者の山本新氏です。

山本氏は、トインビーとバグビーを継承して周辺文明を研究し、日本文明は、途中からかなり独自性を発揮していると主張しています。

すなわち山本氏は、「平安朝の中期、9世紀の末から10世紀にかけて、日本文明には中国文明への依存性をかなり断ち切り、独自性を出した」とします。

「日本自立の兆候は、対外的には遣唐使の廃止や、対内的な政治の面では律令制の変質としての関白制や、宗教の面では神仏習合、修験道の発生、空也・源信における仏教の内面化・超越化や芸術と工芸の面での全面的和風化や、仮名の発明、それによる王朝文学の出現などで、

日本文明が中国文明の影響をかなり脱し、相当独自性を発揮したといえるであろう」と山本氏は言っています。


このように日本文明が独自性を発揮し得た理由は、シナ文明の影響を受ける前に、自生の文化が存在していたことにあるでしょう。



日本には、今から約1万2~3千年前に始まり、約2千3百年前に終わった縄文時代があり、世界最古の土器文化が形成されていました。

この先古代の縄文文化が日本文明の基層となっています。


トインビーは文明の中核は宗教であると説きましたが、日本ではこれに当たる固有の宗教に、神道があります。神道は縄文時代から受け継がれてきた日本文明の精神的基盤です。さらに、神道に基づく宗教的政治制度として、皇室を中心とした制度がつくられ、民族全体が一大家族国家のような社会を構成しています。

神道・皇室・家族国家は、シナ文明の影響を受けながらも、一貫して変化することのなかった日本文明の特徴です。シナには見られない独立自存のものです。

トインビーや山本氏は、こうした日本文明の本質的な特徴を把握しきれていませんでした。


(抜粋転載おわり)



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(以下の記事を抜粋転載はじめ)


https://ameblo.jp/hagure1945/entry-12043541238.html
四大文明より古い日本の縄文文化

2015-06-26 20:00:53

テーマ: 日本論


●世界四大文明の嘘


ブログ『ねずきちの ひとりごと』より転載
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-791.html



青森県 外ヶ浜町 大平山元遺跡(おおだいやまもといせき)


「世界四大文明」といわれているものがあります。いわずと知れた、エジプト文明、メソポタミア文明、インダス文明、黄河文明の四つです。これが世界の文明の黎明であると学校では「世界史」の授業で教えています。

いまこの文をお読みの方なら、学校で習った覚えがあると思います。そして小中高の学生のお子様かお孫さんをお持ちの方でしたら、お聞きになったらわかりますが、やはり今でも、学校では「世界四大文明」なるものを教えています。



しかし「世界四大文明説」なるものは、とっくの昔に世界の歴史学会で、完膚なきまでに否定されきっている説です。


考えてみてください。
ギリシャ、中東、インド、支那の文明の黎明をいうなら、南米のインカやアンデス文明は、どうなるのですか。文明ではないのですか?北米のインデアンの文明はどうするのですか?ヒンズー文明は、どうなるのか?

支那についていうならば、黄河文明よりももっと古い時代に、長江文明が別な場所で栄えたという史実が、考古学上も明らかになっています。その長江文明は、どう解釈するのですか?



そもそも「世界四大文明説」というのは、1900年に、清朝末期の支那の政治家梁啓超(りょうけいちょう)が日本に亡命中に唱えた政治論です。歴史論ではない。

どういうことかというと、1900年頃というのは、清王朝の末期です。支那は欧米列強に植民地として国土を食い荒らされていた。

そんな折に、日本に亡命していた支那人政治家の梁啓超が、日本で、支那には「黄河文明」という欧米に匹敵する古い文明があったのだ(当時はまだ長江文明は発見されていなかった)という話を教わり、「そうだ! 支那には誇るべき歴史があるのだ。そのことを支那の民衆に教えねば!」と、これを本に書いた。


要するに、梁啓超は、植民地化され、欧米人の家畜化されようとしている支那人たちに、
「俺たちには欧米に匹敵する誇るべき歴史があるのだ」
という誇りに目覚めてもらうために、きわめて政治的な産物として、世界四大文明切なるものを唱えたのです。


つまり、世界四大文明説なるものは、もとから政治用語であって、歴史用語ではない。

ではなぜ、正しくない「世界四大文明説」なるものが、これだけ情報の発達した日本において、いまだに学校の教科書で教えられているのかというと、実は、この説が反日学者たちにとって、きわめて都合が良いからです。


どういうことかというと、文明論には、衛星文明説というのがあって、「衛星文明」というのは、独立文明(世界四大文明)の刺激を受けて発生し、独立文明に依存した、自立していない文明を指します。



これを唱えたのが、英国の歴史家トインビーで、彼は、日本文明は、支那の文明の歴史家トインビーであり、日本は、西暦645年の大化の改新によって、漢字や支那の冠位を取り入れて、はじめて文明国家となった、と説いた。それが昭和40年頃です。


要するにこれが、支那が親、朝鮮が兄で、日本が末子という、支那文明日本渡来説の根拠になっています。



これはじつはとんでもない話で、日本には大化の改新よりもはるかに昔から、国体があったし、そのことを知ったトインビー博士は、後年、日本文明は、独立した一個の文明であると自説を訂正している



にもかかわらず、都合の良いところだけを切り取って、いいように歴史を捏造するのが、反日左翼主義者の特徴です。

おかげで、2010年の今日においてもなお、日本の世界史の教科書には「世界四大文明」なる用語が登場しているし、これは必ず「試験に出る」問題です。


これによって多くの子供たちは、世界四大文明なる、世界中の歴史学者にとっくの昔に否定されつくしている説を、無批判に教え込まれ、なんとなく支那が日本文明の親であると思わせられている。




ところが、実は文明の現出は、支那よりも日本の方がはるかに古い。支那の黄河文明が、いまから約4千年の昔です。長江文明が約7千年前の文明です。

これに対し、日本では、なんといまから1万6500年前という世界最古の土器の遺跡が見つかっている。場所は青森県蟹田町の西端に位置する「大平山元|遺跡(おおだいやまもといちいせき)」です。



世界最古です。しかも土器があるということは、すでに火を使い社会的分業制度を持っていたことが同時に類推されるわけで、

こうなると、もしかすると、日本は世界最古の文明国だった可能性すらある。


なにせ、支那で最も古い長江文明より、さらに1万年もの太古の昔の文明の痕跡がでてきちゃった。さらに、大平山元遺跡群の2遺跡からは、約16,000年前の石で囲った炉の跡、石蒸し料理に使った焼けた石なども見つかっている。




「ところが、この「大平山元|遺跡」で世界最古の遺跡が発掘されたことがよほどくやしいのか、なんの故意かしらないけれど、あきらかに世界最古の遺跡でありながら、

たとえば青森県のHPには、この大平山元|遺跡のことは載っていないし、青森県内の遺跡を紹介したサイトでも、この遺跡から出土した土器は「青森県下最古の遺跡」などと書いてある。青森県最古ではないのです。世界最古なのです。意味が違う。



しかも、大平山元遺跡群というのは、場所が、1と2があるのだけれど、なぜか「1」と書けばよいモノを、パソコンのキーボードの右上の「¥」マークのところにある「|」という記号を使って、「大平山元|遺跡」と表記している。あるいは「Ⅰ」を使っている。
要するに意図的に検索エンジンにひっかかりにくくしているわけで、ふつうに、「えっ?どうして?」と疑問に思える文字の使い方がされています

どうして、あえて、1と2にわけるのか。なぜ「1」ではなく「|」を使うのか、ちょっと常識では考えられない微妙な操作が加えられています。




科学的に、考古学的にちゃんと証明されたことが、微妙に隠ぺいされ、その一方で、あきらかに世界の歴史学会で否定されつくした事柄が、いまだに日本の子供たちの教科書に記述され、試験に出る問題とされている。

これって、普通に考えて、おかしいことなのではないでしょうか。きちんと子供たちに教えるべき真実を教えず、真実を捻じ曲げた操作を行う。そういういかがわしいことが、学校教育の場で、永い間、まかりとおってきた。




マルクス史観というものがあります。
マルクス主義(共産主義)を正当化するために、歴史を「道具」として利用する歴史観です。当然のことながら 「マルクス主義」に忠実であればあるほど、「マルクス主義」にとって有利な事柄を過大に評価し、その反面不利な事実を無視し、時には歴史を平気でねつ造するという極端な偏向性を持つ歴史観です。

歴史を検証すれば明らかな如く、共産党、社民党、中国共産党、北朝鮮、あるいはその影響を受けた韓国、在日コリアンなどの左翼・反日主義者たちがどれ程言葉巧みに歴史を捏造し、偽造変造してみても、彼らの究極の目的は 、「手段を選ばない階級闘争による、日本の解体」といわれています。

そのイデオロギーの信奉者たちが主張し、本に書き、教える歴史は、真実や公平性とは無縁のものです。なぜなら、彼等にとって重要なことは真実よりも、イデオロギーだからです。戦後65年。わたしたちは、歴史教科書のイロハから、もういちど抜本的に見直すときにきているのではないでしょうか。」

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最後の「」の部分は<支那が親、朝鮮が兄で、日本が末子という、支那文明日本渡来説の根拠>とすることへの批判なんですね。



前回の日本人のルーツ・縄文人は大陸人の遺伝子と違うと言うNHKのニュースをとりあげました。今日は、つまり、縄文人の遺蹟が一六〇〇〇年前からあった事実に注目したいわけです。




つまり、日本人はこのルーツが基礎にあって、大陸から来た弥生人と混ざり合ったと言うことでしょう。

朝鮮が日本を「末子」扱いして、日本が兄を植民地にしたことが、儒教倫理上の「悪」であるから、その「悪事」に対しては永遠に言い募ることが許されると思い込んでいるのです。

ところが、日本人はもともと縄文人の文化を伝承し、それが「神道」 となって形式が整って、その思考の上に仏教や儒教を取り込んでいったので、文明の「祖」=親は中国ではなく、固有のものを持っていて、朝鮮的発想の序列が成り立たず、それゆえ儒教的な判断でする文明の「親子」関係はないのです。つまり朝鮮は自ら進んでシナ文化の子となろうとしたけれど、日本は隣人・隣の他人であったのだ。



朝鮮は、つまり韓国の「反日」が宗教・病気なのはこの「文明の親子関係」を根拠にして自分たちの「反日」を正当化しているのです。

中国人も朝鮮人も「死生観」が日本とは全く違うので、「悪人」は死んでも「悪人」扱いなのです。だから日本に謝罪を求めたり、賠償を求めるのは無期限に許される行為と思い込んでいるのです。

そういう自分たちが世界の公法と違っていようと関係なく、自分たちの尺度だけで通用する論理と行動(告げ口外交に見るように、また嘘を並べて大声で騒ぐことも、白を黒と言うことも)が許されると自分達では思っているし、そうしないといけないと思い込んでいる。実に恐ろしい思い込みなのだ。「悪」を正さないと「自分が悪になる」と思われているからだ。正直付き合っていられない。



ですから、中国に2万年前の遺蹟が出たそうですが、それであっても、前回のブログで見た縄文人のルーツと16000年前の遺蹟青森県 外ヶ浜町 大平山元遺跡の存在は、日本が固有種から文化を形成していて、朝鮮を兄とする血縁的要素はないと言うことです。


(以下は省略。抜粋転載おわり)



つづきは、元記事でお読み下さい。



元記事 :

https://ameblo.jp/hagure1945/entry-12043541238.html
四大文明より古い日本の縄文文化

2015-06-26 20:00:53



== FIN ==




縄文 シュメール に関連する記事:


http://kenchicjunrei.blog.fc2.com/blog-entry-62.html
縄文文明って、何ですか?縄文遺跡について歴史を揺るがす発見。遺伝子研究により縄文人と世界における系譜、もわかってきました。
2017/08/28



http://kenchicjunrei.blog.fc2.com/blog-entry-49.html
世界の諸言語の起源を言語族からみた樹形図として纏めてみる。ムー大陸から来たシュメール人。世界史のシュメール、日本列島縄文のシュメール、日本建国時のシュメール

2017/08/03


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Comment

Name - どう思われますか  

Title - どう思われますか

こんにちは。カテ違いで初歩的なコメントで申し訳ありませんが、(④を導く根拠に①②を用い、③は④を補強)、どのように思われますか。

① 『遺伝子DNAは誰が作ったのか』

 地球上の全ての生命に遺伝子DNAが組み込まれていますが、1mとか2mとかの長さがあり、4種の塩基配列は複雑精巧で、自己修復機能まで有します。

 こんなものが自然や偶然に出来るわけが有りません。作ったのは「遠い未来の人間」です。

② 『物質(原子)は誰が作ったのか』

 地球上の物質(原子)は百余り有りますが、陽子・中性子・電子の3者で構成され、それ以外の構成は存在しないし、規則性とか法則性に支配されています。

 中性子は中性子線を内包し、特定の物質(原子)もα線とかβ線などを放射して崩壊し、電子は電荷を内包しています。

 こんな複雑な物が自然や偶然で出来るわけが有りません。原子を作ったのは「遠い未来の人間」です。

 (uクォークとかdクォークとか中性子のβ崩壊で発生する陽子や電子ニュートリノなどの難しい話ではなく、単に『こんなもの(原子)が自然や偶然に出来上がるものか』ということを、お尋ねしております。)

③ 宇宙の始まりが無機であったとしても、進化の途上で有機(生命とか生活機能)が生まれ、さらに彼らが多様な進化を遂げたうえで、人間や様々なものが作り出された可能性は否定されるものでしょうか。

 (胎児の成長過程で一時的に見られる「尾っぽ」とか「指の水かき」は進化の記憶でしょうか。)

④ 『私たちは人工的に作られた肉体を使って、人工的に作られた「場」で生活をしていますが、実は、今の世界は実在しない虚構であり、実在する本当の自分は「DNAや原子を合成する科学を持った遠い未来」(真実の世界)にいます。』という発想は、(無限回の問答は抜きにして)、成り立つでしょうか。

 (平行宇宙だとか重畳宇宙だとか「メビウスの輪」だとかの難しい解釈ではなく、もっとシンプルで単純な答えが見つからないものでしょうか)。

2017.09.04 Mon 12:51
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Name - 7回目の終了です(その1)  

Title - 7回目の終了です(その1)

八は固、七は液、六は気、五はキ、四は霊の固、三は霊の液、二は霊の気、一は霊のキ、と考へてよいのぢゃ。(白銀の巻 第1帖)

今の科学は科学のことは判るが、それより上のことは判らん。今の科学はあるものがあると云ふことだけしか判らんのぢゃ。(春の巻  第33帖)

物の文明、あしざまに申す宗教は亡びる。文明も神の働きから生れたものぢゃ。(黄金の巻  第97帖)

ここまで開けたのも神が致したのぢゃ、今の文明なくせんと申してあろうが、文明残してカスだけ無(のう)にいたすのぢゃ、取違ひ慢心致すなよ。(風の巻  第5帖)
2017.09.04 Mon 12:54
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