広島長崎の原爆は日本製 地上起爆の根拠。理研の仁科・武谷原爆はウラン10%濃縮で使えた。これに水を加えると立派な核爆発になる。広島で使われたのは、このウランの大砲爆弾だった(広島に続いて長崎も)クレーターもできなかった 

「新・日本の黒い霧」さんの今月の記事『広島・長崎は地上起爆だったのか?記事発表から1年、私が至った結論は空中でも地上でもない。すなわち、核起爆などなかった』にたいする、ひとつの答えです。


「広島の仁科型原爆は、10%濃縮で水をかけるだけで起爆というもの」


これが広島長崎の原爆は日本製 地上起爆、の根拠となるものです。 
それは今日の核起爆と言われるものではなかった。



ロシアの声
http://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/2013_06_13/115687091/
2013.06.13 , 12:15
ソ連が米国を日本の核攻撃から救った


(引用はじめ)


1945年8月、ソ連軍の参戦によって、日本軍が米国に核兵器を使用する可能性が排除された。
1945年8月9日、米国・英国との協定に基づき、ソ連が対日戦争に参加した。
11日、太平洋艦隊およびソ連陸軍が(※現・北朝鮮)清津港・元山港占領作戦を開始した。

両港の間には咸興(ハムフン)という港町があった。日本軍はそこで密かに核開発を進めていた。

ソ連軍に研究施設を占拠されることを危惧した将校らは12日、巨大な金属のコンテナーで核弾頭のサンプルを運び出し、小型の船艇に載せて漕ぎ出し、沖に出ると間もなく点火、もろとも爆破した。巨大な爆発であった。直径1kmの火球が天空に燃えたあと、巨大なきのこ雲が騰がった。


米機B-29が投下した広島原爆と同程度の威力の爆弾であった。

「祖国」作戦の一環で米軍に対して使用される予定であった。しかし、投下され、炸裂することはなかった。

(引用おわり)



http://yaplog.jp/kenchicjunrei/archive/185
広島長崎の原爆は、日本製で、地上起爆された、という説。誰がどの勢力がそれ=原爆人体実験をしたのか。
June 04 [Sat], 2016, 6:47


のなかの、以下の記事の引用文:

元記事はこちら: 「煩悩くん フルスロットル」
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-2773.html
原爆は日本製で地上起爆?




(以下、引用文)

===============


一方、日本軍部でも大戦中に2つの原爆開発計画が進んでいた。

■二号計画(陸軍)
理化学研究所、東京帝国大学、大阪帝国大学、東北帝国大学が主体
「熱拡散法」でウラン235を濃縮
仁科芳雄、彦坂忠義

■F計画(海軍)
京都帝国大学が主体
「遠心分離法(サイクロトロン)」でウラン235を濃縮
荒勝文策、湯川秀樹

通説として、福島県石川郡石川町での中学生を動員したウラン採掘(石川石=ウランに富むサマルスキー石)、上海の闇市場で130kgの二酸化ウランを購入しても尚、原子爆弾1個に必要な臨界量(46.5kg)以上のウラン235の確保は絶望的な状況であったという。
※ウラン鉱石にはウラン238が約99.3%、ウラン235が約0.7%が含有。二酸化ウラン(イエローケーキ)に含有するウラン235は60%程度。

ちなみに、北挑戦は採掘可能な埋蔵量が推定400万トンで現在一位のオーストラリア【74万トン】を軽く凌駕。

ポツダム宣言受諾時、日本の原爆開発は基礎段階を出ていなかったとされているが、実は原爆は完成していたという話もあり、北海道の「海軍美幌基地(現・自衛隊美幌駐屯地)」の地下巨大防空壕には、簒奪したロマノフ王朝の莫大な資産と13機の完全武装したゼロ戦と共に日本製原爆が今でも眠っているという話があることを煩フル過去記事に書きました。


ノストラダムスで知られる五島勉氏の『日本・原爆開発の真実』によると、日本の原爆は広島・長崎の原爆とは全く異なり、ウラン238を使用する画期的なものでウラン使用量はアメリカ原爆の7分の1から8分の1と少なく、ゼロ戦でも運べるミニ原爆だったという。それが上記の美幌基地の原爆なのだろう。
※ウラン採掘地である田舎の石川町をB29での機銃掃射が襲ったという話が載っている。


日本・原爆開発の真実―究極の終戦秘史 (ノン・ブック) 日本・原爆開発の真実―究極の終戦秘史 (ノン・ブック)
(2001/08/28)
五島 勉



以上がネット界隈で知られる原爆に纏わる内容。ナチス製ガンバレル方式ウラン原爆、日米首脳合意の人体実験、日本製原爆の完成と隠匿、WW2本質は原爆開発競争の加速化の為の八百長戦争、、、これだけでも一般人には驚愕動地の大スクープな内容です。

で、この辺が真相止まりだろうと考えていたのですが、少し前、広島・長崎の原爆は地上起爆された日本製原爆という話を目にしており、非常に気になっていました。

日本人の米国嫌悪を緩和する狙いの情報操作の可能性も無きにしもあらずとも思えたのですが、名無し先生とコンタクトのあるマヨ氏もO'BRIEN氏もこの「地上起爆=日本製原爆」の内容に同意肯定している。

ここに人類史上最大の人為的大惨事(二都市原爆投下)に関して、まだまだ知られていない真相がありそうなので、今回、自分なりに「日本製原爆地上起爆」を咀嚼・洞察してみた。


(広島の仁科型原爆は、10%濃縮で水をかけるだけで起爆というもの、という説もあるが)
長崎型と同じ爆縮型の場合、多数のHE起爆装置が同時に起爆して全球面が一様に中心部に向かって爆縮進行する必要があり、また爆縮後、中性子を全方向に正確に飛ばす中性子起爆装置が必要。早進性と遅延性のある2種類の火薬でぐるりと取り囲まれた2重構造の「爆縮レンズ」を作るには高度な製作技術が必要。それだけでなく、多機能(早進性・遅延性)を持ち、純度が高く均一な高性能な爆薬が必要となっている。このような高性能な火薬は探してもそうそうない。

(爆縮【インプロージョン】方式の長崎ファットマン)

(2重構造の爆縮レンズ)

それを解決するのが日本の花火の火薬技術。綺麗な球状に開かせるには、均一性が要求されるが、この良質な火薬は乳酸菌発酵して作られた硝石によって可能となったということだ。

火薬の原料である硝石が無い日本では独自の製法が発達した。

それが「古土法」と「培養法」。


(引用おわり)
===============


において、


わかりにくく、見過ごしてしまう書きかたながら、

(広島の仁科型原爆は、10%濃縮で水をかけるだけで起爆というもの、という説もあるが) 

という一文が挿入してある。



これが、広島、長崎の原爆はどのような起爆だったか、その起爆方法になります。


広島8月6日、長崎8月9日の原爆は、10%濃縮ウランで水をかけるだけで起爆するものだった、と言えることが可能だ
。。


一方、日本には核弾頭の調達も可能だったはずだ

日本軍は、8月12日には、咸興(ハムフン)という港町で、核弾頭を沖合いで、爆破した。直径1kmの火球が天空に燃えたあと、巨大なきのこ雲が騰がった。という核兵器起爆の実績がある。

8月12日以前に日本軍が核弾頭を用意できた、可能性がまったくないとは言えない。広島、長崎の原爆が、それが日米の共同の、談合の、八百長の軍事作戦であれば、なおさら


=====================


(以下の記事を転載はじめ)

Cosmic dance 宇宙の円舞
http://cosmic-dance.blogspot.jp/2015/11/blog-post_5.html
2015年11月5日
広島・長崎に落とした原爆は日本製だった



この世界は何かを全員で隠しているのだ。

確かにドイツは原爆を完成させる技術を持っていたと思われる。しかし、以下出てきた資料を精査すれば広島に落とされた原爆はドイツ製ではない。

ベラスコの証言は正直なものであると思うが、それも情報操作の一種であろう。なにしろ彼はイルミナティのスパイでこの戦争を仕掛けた一味の一雇用者だ。本当のことを言うはずはない。

高橋五郎もこの日本製の原爆は知っていたに違いない。
これをばらしたら、出版そのものがそもそも存在していない。そだけでなく、己の命・家族もろとも見せしめにされるから、公言できなかったのだろう。

私でさえ少し調べれば、今日もツイッターで協力者に伝えれば証拠が出てくるぐらいだ。だから彼らは真相を知っていたのだ。

だから彼らはそれなりにあれで精一杯暴露したと思う。あとはみんな自分で暴けと、余地を残していったと見たほうがすっきりする。


そこで問題の核心は、この日本製の原爆がどうしてアメリカにわたったのだろうか。

同盟国のドイツに渡り、後はべラスコが語ったようにアメリカにわたったのだろうか。

まだ細かい点を精査してないので詳細はわからないし話せないが、この戦争のカラクリを知れば種明かしはそんなに込み入っていないだろう。


前回私は記事で、戦争には「見せかけの戦争」と「本当の戦争」について書いてきた。
「見せかけの戦争」とは2極間の国々の戦いである。
その一方、「本当の戦争」とは、支配者同士談合のもとに行われる権力の継続と戦利の山分けだ。


その「本当の戦争」のしかけ屋の視点から見れば、この壮大なるイベントである戦争は悪魔儀式と呼ぶにふさわしい。
その儀式でささげられるのは大量の生贄で、我々大衆の大量虐殺なのだ。

この残酷なカラクリの種明かしすれば、落とした犯人が身内だと言うことだ。
あの9.11の内部犯行を思い出して欲しい。あれを仕掛けたグループも絡んでいるのだからパターンは同じ、内部犯行に違いない。

このおぞましい儀式の実行者がその結社と一味のヒロヒトだと断言できる。いずれにせよ、これを知っていたのはその取り巻きのごくわずかな者たちだろう。

150年にわたって蝕まれ・壮大なる悪魔的ファンタジーに操られて多くの民が亡くなり、いまだその幻覚の中で虜にされている日本人。

これを思うと、この出来事は人類史上日本人にとって最大の屈辱となるであろうことを感じずにはいられない。


★米国特許庁が、1948年の六フッ化ウラン(UF6)製造の特許出願を公開。UF6は原爆や原発に不可欠なウラン濃縮の前段階。WW2の米国に原爆はできない。理研は1944年に成功
https://twitter.com/honest_kuroki/status/661880059423145984
【出典】
米国:UF6の製造は1948年の特許出願

http://www.freepatentsonline.com/2535572.pdf
日本:理研~1944年1月~UF6の製造に成功 http://www.jrias.or.jp/member/pdf/201208_MONITORING_MASAIKE.pdf



ドひゃ~

広島・長崎の原爆は日米合同作戦による自作自演であった

戦前、理研の仁科・武谷原爆はウラン10%濃縮で使えた。これに水を加えると立派な核爆発になる


広島で使われたのは、このウランの大砲爆弾だった



理研の元研究員・槌田教授がさらりと激白!!!


ウソで固めた福島原発事故/槌田敦講演会@甲府7.1集会1/3
1:03:29
はるきよしあき

https://youtu.be/8nqp_nfZzzU


2012/07/05 に公開




第二次世界大戦中の日本が、固定型の原爆を作っていたと。

その原爆は、アインシュタインがルーズベルト大統領に進言したのと同じ物だと。


彼(※槌田教授)は地上起爆のことも知っていてたんだろう。

こと広島原爆の話に及ぶと、まだまだ知っていることあるが、話せないで躊躇している様子が伺えます。

当事者であり、原発事故以上の混乱が生じてくることを懸念しての心境でしょう。

もちろん命の危険が家族にも及ばないように。


戦後70年間、原発利権が秘密にしてきた理由。

核爆発を押さえながら稼動してたのが原発だった。

この原発の正体がばれるから。

38分~46分
(※決定的な話~38分から.........大砲の中に10%濃縮ウランを入れてから水を入れるとある時間が経過すると大砲もろとも核爆発する。)

(※理研の元研究員・槌田教授
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A7%8C%E7%94%B0%E6%95%A6
槌田 敦(つちだ あつし、1933年5月17日 - )は、日本の物理学者、環境経済学者。

東京生まれ。東京都立大学理学部化学科卒。東京大学大学院物理課程中途退学、助手を経て理化学研究所研究員。1966年東大理学博士。名城大学経済学部教授を経て、現在高千穂大学非常勤講師。父が化学者槌田龍太郎, 弟に槌田劭 がいる。)




本物黒酒? @honest_kuroki ・ 2015年11月14日
@hanayuu 元理研研究員槌田教授がたんぽぽ舎の学習会で、嘘を交えながらも、第二次世界大戦中の理研が固定型の原爆を作っていたと口を滑らせています。その原爆は、アインシュタインがルーズベルト大統領に進言したのと同じ物だと 。



本物黒酒? @honest_kuroki
広島と長崎の原爆は、日本の打ち上げ花火並の高度で爆発。日本は戦争中、アインシュタインがルーズベルト大統領に進言したのと同じ、飛行機では運べない型の仁科原爆を開発。戦後英国も長崎型原爆のコピーを船上で爆発実験。原爆は日本製


(転載おわり)

=====================


(以下の記事を転載はじめ)


戦艦大和の核実験
http://cosmic-dance.blogspot.jp/2016/03/blog-post_62.html

2016年3月11日


4年前、内部告発者ジム・ストーンによってフクイチは核爆弾の材料であるプルトニウム製造工場であったことが暴露された。https://youtu.be/kMh-Gto3TVY

これであの時の3号機の爆発が仕掛けられた核爆発だったことを多くの人が知るようになった。

それ以来、日本の原発の多くがプルトニウムの製造工場であり、電力供給プラントはカモフラージュであったことが徐々に知らされるようになった。

製造されたプルトニウムの多くは米軍基地に運ばれて小型中性子爆弾になって中東で炸裂していったに違いない。


この点を私は監督の鎌仲ひとみさんに会った際聞こうかと思っていた。

だが、その矢先彼女が他の質問者からそれとなく米国との関与について質問を受けた際、動揺を隠せないどころか、異様にその点については触れてもらっては困るような、ある種のアレルギー反応を示していたのを私は覚えている。

私はこの時、彼女は知っている、だが口止めされていると悟った。
あそこまで取材し調査しながら知らないはずはないからである。


戦後の原爆製造は日米が協同で進めていったに違いない。
そう言えるのは、原爆特許の根幹部分を天皇財閥が握っている、このことが昨年明るみになってきたからである。


昨年私は戦前における日本の原爆開発について調査していた。
ドイツで原爆を開発し、ペーパークリップ作戦で技術情報・技術者がアメリカにわたり製造され日本で落とされる、このパターンがあまりにもできすぎているのが気になっていた。特にNHKが取り上げた時点でおかしい。もっともイルミナティーの要員が自ら打ち明けた話など、何かを隠ぺいする目的に思えて仕方がなかった。



ところで、このところとツイッターからの情報で、どうやら同じようなパターンが脳裏をよぎってしまう1枚の写真に目が釘づけになった。

戦艦大和の沈没直前の大爆発である。

日本の原爆開発は岩手以外に今の北朝鮮南部で極秘に開発され終戦間際に最初の核実験が行われたという。

一方、アメリカはマンハッタン計画で資金も人材も材料も豊富だったから技術的にうんと進んでいた。このことは綿密な文献調査で鬼塚英昭が嫌というほど書いている。ただ、あまりにも内容がくどいのが気になっていた。


ただ、視点を「我々平民が思考する戦争」においていたらいつまでたっても支配者のマインドコントロールには振り回される。



要するに私が言わんとすることは、これはほとんどの人には受け入れがたいことであるが、あの戦争は日米共同で演じた一大イベントで、ヒロヒトもヒトラーもこのイベント劇の役者であったことだ。

それに連合国・枢軸国といった対立構造も戦争劇のシナリオライターが描く典型的なパターンである。

だからこの視点から考察すると、以下のことが浮かび上がってくる。



日米がもっとも隠してきたかった事は負ける役を演じることになった日本が自ら原爆をしかけ、あたかも仮想敵国から落とされたかのごとく装うことである。



このことは、ヒロヒトどころかほとんどの大将が米国側に、しかも開戦当初から寝返っており、負けいくさを演じていたことからも導かれる。

勝ち負けのいくさ劇でマインドコントロールを受けていたのは大将以下下級軍人と平民だったのである。


もし、あなたがこの話を空想に思えるのであったなら、あなたはいまだに彼らが作ったからくりにはまりそのトリックに引っかかったままであり、戦前からのマインドコントロールを引きずっていると言えよう。



さて、今回問題とする大和沈没直前の爆発だが、この写真を見ていて私の内部でくすぶっていたことがだんだんと晴れてきたようだ。

以下は、私の直感から導かれることでもある。



結論から言えば、大和自体が実は建造当初から原爆製造工場だったということである。


当初から非常に極秘に建造が進められ、戦後になってようやくその存在が知らされるようになった大和。その中では人形峠から発掘された精製ウランが濃縮されて幾つもの原爆が製造されていたに違いない。


その内の二つが広島そして長崎に持って行かれた。


起爆は地上にて行い、米軍とあらかじめ綿密に組んだイベントが行われた。


終戦直後に残っていた原爆は北海道美幌の今の自衛隊駐屯地の地下基地にある。



当の大和は建造当初から、原爆製造の秘密が明かされてしまうのを隠すため自爆する設計が施され、そのような計画の下、建造後は活躍の場を与えず、終戦近くなって御用済みとされた。

爆煙をよく見てほしい、沈むなら何十発も受けた砲弾で沈没するところ、胴体を真っ二つにしたほどの爆破。これなら砲撃を受けていなくても沈む。

備蓄していた弾薬が炸裂したとしても、このように一度にしかも6000メートルまで噴煙が上がるものだろうか。


「マッチ箱一つで戦艦を爆撃できる」爆弾を最初に実験に使ったのは大和においてであろう。

この威力を見届けた日米上層部はこの劇の最大のイベントである広島・長崎が成功裏に収まることを確信したに違いない。




参照:
本物黒酒 ‏@honest_kuroki 3月12日 
そもそも世界初の核実験を1940年のネイチャ―に発表したのは日本➡http://www.nature.com/nature/journal/v146/n3688/abs/146024a0.html …

ウラン238に高速中性子を照射してプルトニウム239を生産する実験を制御棒無しでした原爆は日本製でした

――1940年7月6日、ネイチャ―が、理研が行った核爆発の実験結果の解析の一部を、掲載していた➡ http://www.nature.com/nature/journal/v146/n3688/abs/146024a0.html … …その実験者仁科氏の郷里は、露頭ウランの宝庫



広島・長崎で自作自演連続テロ~その手法が9.11で使われた
http://cosmic-dance.blogspot.jp/2016/03/1945869.html



(転載おわり)

=====================


本物黒酒さんは、

世界初の核実験を1940年のネイチャ―に発表したのは日本。仁科氏の核実験。

ウラン238に高速中性子を照射してプルトニウム239を生産する実験を制御棒無しでした原爆は日本製でした

とも主張。



== FIN ==



「原爆地上起爆」テーマの記事 :


http://kenchicjunrei.blog.fc2.com/blog-entry-59.html
理研の仁科・武谷原爆はウラン10%濃縮で使えた。これに水を加えると立派な核爆発になる。広島で使われたのは、このウランの大砲爆弾だった(広島に続いて長崎も)クレーターもできなかった

2017/08/19



http://kenchicjunrei.blog.fc2.com/blog-entry-57.html
広島・長崎の原爆は、空中起爆でも地上起爆でもない。核起爆などなかった

2017/08/15



http://kenchicjunrei.blog.fc2.com/blog-entry-56.html
長崎原爆は「地上起爆」。長崎の原爆は日米秘密結社の共同作戦であった

2017/08/13



http://kenchicjunrei.blog.fc2.com/blog-entry-40.html
日本の核兵器装備の実態と、北朝鮮の核開発への日本のかかわり。そして第二次朝鮮戦争の開始サインになりそうな北朝鮮ICBM成功のニュース

2017/07/06



http://kenchicjunrei.blog.fc2.com/blog-category-2-2.html
原爆を投下するタイミングで来ていたのはエノラ・ゲイではなかった。広島原爆直後のキノコ雲は日本軍が撮影していた。陸軍士官が語った広島原爆の真実

2017/03/11



http://kenchicjunrei.blog.fc2.com/blog-entry-3.html
この国の超法規で非公然な、「建国の秘密」を保持する「国体勢力」は、≪いけにえ≫を供える観念のもと、≪核≫と≪人工知能≫を安置したパノプティコン神殿を稼働させている

2017/03/07



http://yaplog.jp/kenchicjunrei/archive/185
広島長崎の原爆は、日本製で、地上起爆された、という説。誰がどの勢力がそれ=原爆人体実験をしたのか

2016.06.04



http://yaplog.jp/kenchicjunrei/archive/146
日本のいちばん長い醜い日 根源的階層の選択、原爆投下という国民いけにえ儀式

August 15 [Fri], 2014








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