原爆を投下するタイミングで来ていたのはエノラ・ゲイではなかった。広島原爆直後のキノコ雲は日本軍が撮影していた。陸軍士官が語った広島原爆の真実 

この記事は
前回の記事 『この国の超法規で非公然な、「建国の秘密」を保持する「国体勢力」は、≪いけにえ≫を供える観念のもと、≪核≫と≪人工知能≫を安置したパノプティコン神殿を稼働させている』
http://kenchicjunrei.blog.fc2.com/blog-entry-3.html
の続きになります。



■広気に原爆を投下したタイミングで航行していたのは、エノラ・ゲイ号ではなかった。

■教科書にも掲載される、広島における原爆投下後のキノコ雲 写真は、

米軍撮影とキャプションが付いているが、米軍によるものではない。

機内与圧が可能で、敵爆撃機よりも高い高度で航行が可能だった日本軍偵察機で、陸軍士官が撮ったもの。

この陸軍士官が広島の原爆キノコ雲を撮影したときに、起爆地点上空に来ていた米軍機はB-29エノラ・ゲイ号ではなかった、と証言している。



■敵爆撃機よりも高い高度で航行が可能だった日本軍偵察機から、広島の原爆キノコ雲を撮影した陸軍士官とは、どんな人物なのか、旧陸軍士官T氏の証言を聞く。



(以下、『新・日本の黒い霧』ブログ記事より、引用はじめ)


「新・日本の黒い霧」
http://blog.goo.ne.jp/adoi/e/8a906525300fbfe4eb3ad2a44ac7ecb9

旧陸軍士官が語った歴史の真実(1) - 123便関連事項含む -
2012-09-29 00:44:04 | 日記
※2012.10.01 追記が有ります


 * * *

前回の記事から少し間が空きました。今回は、ちょっと趣向を変えて、ある人物から聞いた先の太平洋戦争に関するお話について、私の記憶に残っている限りここで紹介したいと思います。当然ながら、遠い過去を語ったことなので、記憶違いや誇張なども入っているでしょう。また、私自身の理解不足なども含まれると思います。ですから、あくまでも、「そんなことを言う人がいた」くらいの感覚で受け取っていただければと思います。


■華麗な経歴の持ち主


その方とは、知人の紹介で知り合いました。お会いした当時、本人いわく、誰でも知っている日本企業の会長職を務め、現役から一歩退いている立場だとのこと。その企業の創業者の庶子として生まれ、徳川御三家のある一家に嫡男として養子に入ったとのこと。英語堪能、武道、ピアノ演奏にも秀で、陸軍大学を出てから陸軍の情報部に配属されたとのこと。

もちろん、かなり後世代の私がこの経歴を聞いても、すぐにはピンとはこないのですが、いわゆる旧華族に属する人物で、日本の実権力を握るグループの一員であることは理解できます。政府・財界に親類縁者は多数。それだけではただのお話ですが、目の前で現役の総理大臣に気軽に電話を掛けたこともあり、ただの誇張だけではないことも確認しています。

以下、この方のことをT氏と呼ぶことにします。

現在の代議士の多くが、元議員の2世、3世であると、政治の世襲化が問題になっていますが、T氏のお話によると、吉田茂、鳩山一郎、岸信介などの古い政治家達、もしくはその奥方の多くがT氏の親族であり、必然ながら、最近になって総理大臣を務めた多くの代議士が、T氏の近縁・遠縁に当たることになります。日本を代表する企業群の実質オーナーだったこともあり、血縁だけでなく、資金面でも有力政治家と関係が深かったことは想像に難くありません。


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写真1:現在では当たり前の世襲総理たち
    血を遡るとT氏の家系にも行き当たる。これぞ日本流民主主義か?


高齢で財界の重鎮であるT氏の前では、電話の向こう側にいる日本国総理大臣もひよっこ扱いだったのも当然でしょう。これはこれで凄い話なのですが、投票で広く才能を求め結集させるはずの民主主義が、人材発掘の根幹部分で、一部の血族、財閥に牛耳られている光景を目の当たりにした瞬間でした。彼らに悪気があるかどうかは別として、事実としてそうなっていることは、理解しておく必要があります。

T氏の人脈は、自民党、民主党内部に広がっていますが、T氏にとっては、政党の主義主張などは全く意に介していなかったように見受けられました。当たり前でしょう、どちらに転んでも自分の意向は確実に権力中枢に伝わるのですから。



「新・日本の黒い霧」
http://blog.goo.ne.jp/adoi/e/05929326c7f6e6d9fbe6791703dadae6

旧陸軍士官が語った歴史の真実(2) - 70回目の終戦記念日に向けて -
2015-08-15 14:51:52 | 日記
(2015.8.17 追記があります)


* * *

さて、戦争について考える日に相応しく、本タイトル「旧陸軍士官が語った歴史の真実(1)」、の続編を掲載したいと思います。前掲載から久しく時間が経過したので、同記事の要点を再掲します。

「二・二六事件の首謀者たる青年将校は全員処刑されてなどいなかった」

これは、旧陸軍士官T氏の証言ですが、彼らが処刑されなかった本当の理由を私は

「その後の計画戦争(太平洋戦争)に向かわせるための茶番劇」

と推論しました。そして、その茶番を画策したのが日米欧の軍産複合体、私が定義する秘密組織「クロカモ」、もしくはその前身だったのではないかという予想です。



■原爆投下写真の出自はどこか?


下記の写真は、歴史の教科書などであまりに見慣れてしまった、広島への原爆投下後に発生したキノコ雲の写真です。


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写真1:広島における原爆投下後のキノコ雲


さて、この写真はいったい誰が撮影したのかみなさんお考えになったことがあるでしょうか?常識的に考えればエノラ・ゲイ号に随行した米国友軍機内の兵士と考えるのが一般的ですし、書籍・ネットでも、「米軍撮影」とキャプションが打ってあるものがほとんどです。これについて、T氏は再び驚くような証言をされます。

T氏「教科書によく掲載されている広島の原爆投下の写真ですが、あれは私が撮影したのですよ。戦後、進駐軍に接収されて米軍のものになってしまいましたが。」

日月土「どうやって撮影されたのですか?敵機が多かったと思いますが?」

T氏「キ○○式(正確な名称は失念しました)という偵察機からです。当時の日本軍機には珍しい機内与圧が可能な偵察機で、敵爆撃機よりも高い高度で航行が可能でした。敵機による新型爆弾の爆撃情報が事前に入ったので、状況を記録するため出撃したのです。私は、敵爆撃機の動きをその更に上空から観察していたのです」

T氏が搭乗していたという偵察機については、その後その存在を調べましたが、既存の年鑑などでは見つけ出すことができませんでした。ただし、ある旧軍機マニアの方から次のような回答を頂いてます。

「その型の存在を知ってるのですか!よほどの軍機マニアしか知らない情報ですよ」



■原爆を投下したのはエノラ・ゲイ号ではなかった


T氏と私の会話は更に続きます。

日月土「それでは、原爆を投下したのはB29、エノラ・ゲイ号だった・・」

T氏「それは違います。私が見た爆弾投下機はB29ではなかった。しかも、その投下機は爆風の回避行動に失敗して損傷を受け、しばらく飛行を続けていましたが、山口県の山中に墜落しました。私の乗った機は、その爆撃機の行動を上空からずっと追跡していたので、間違いありません」


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写真2:エノラ・ゲイ号(左)とB29の全体写真

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写真3:写真はボーイングB17、T氏が目撃した爆撃機とも異なるが、形状は
    こちらが近いとのこと。使用されたのは、おそらくB17の原爆投下用
    改造機材と考えられる。B29と見間違うはずがない。


何ということでしょうか、広島に原爆を投下したのはB29ではなかった。つまり、エノラ・ゲイ号ではなかったということ。世界中の戦史、歴史教科書に記されているだろう、悲惨な原爆の記述は、その投下機材の説明から嘘で始まっていることになります。

ただし、米国内プロパガンダの視点から考察すれば、原爆を投下したのが特殊なカスタム機材で、それが墜落・消滅してしまったため、量産型のB29を引っ張り出し、エノラ・ゲイ号としてヒーローに祭り上げ、戦意高揚に用いたという米国軍の意図はわからなくもありません。

しかし、理解できないのは、原爆投下機が国内に墜落しながら、その情報を一切表に出さない日本軍の不可解さです。原爆投下情報を日本軍が事前にキャッチしていたとの話は、戦史研究家の間でも有名な話なので、ここでは敢えて取り沙汰しませんが、国内プロパガンダ、または米国・世界に対してアピール力の高い原爆投下実機の存在を、何故今もって内外に隠すのか全く不明です。


ここからは推測になりますが、投下機墜落事実の隠蔽は「米国が原爆で日本をねじ伏せた」という日米合意の戦争シナリオに悪影響を与える危険があると判断されたからではないのか?もしかしたら、広島原爆投下の9日後にバタバタと終戦を迎えたのは、日本が原爆の威力に屈したからではなく、不都合な情報が拡散する前に、戦争をシナリオ通りに終結させるするためだったのかもしれません。米軍機墜落の隠蔽といい、何だか、その40年後に起きる未曾有の航空機惨事に似ていなくもありません。

本当の日米関係とはどうなっているのでしょうか?そして、戦争っていったい何なのでしょうか?


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写真4:スミソニアン博物館の「エノラ・ゲイ」号
    70年の歳月、米国民・世界の人民も騙され続けていたということになりますね
    出展:http://airandspace.si.edu/collections/artifact.cfm?id=A19500100000#myCarousel


 * * *


T氏は、その偵察任務からの帰還中に米国P51戦闘機隊に銃撃を受け負傷します。この会話の最後、今でも少し引きずる足の脛をさすりながら、その時の負傷跡がこれだと教えてくださいました。

T氏のお話はさらに戦後へと続きます。それはまた、GHQによる日本占領が予め決められた規定路線であったことを疑わせる内容となっています。


enorap51-44.jpg
写真5:米国P51戦闘機


 身はいかに なるともいくさ とめにけり
 ただたふれいく 民を思ひて
           昭和20年 昭和天皇


※戦争当時、実権なき張子の最高統治者として祭り上げられた昭和天皇についても、いよいよ語るべき時が来たようです。クロカモ、三ツ巴の皆さん、必読です。


遠つ祖霊の始まりの地より
管理者 日月土



(『新・日本の黒い霧』ブログ記事より、引用おわり)




大戦後、アメリカは、フロリダの鼻の先、ソ連によるキューバでのミサイル基地計画に恐れをなして、無理なアポロ計画を立て、月面歩行映像をでっちあげるために、スタンリー・キューブリック監督のスタジオセット映像を使って、世界を騙した、見苦しい捏造の歴史を重ねる。


911では、WTCビルへ突入する軍用ボーイングの合成映像を用意していた。

ペンタゴンに突入するボーイング旅客機の代わりに、無人偵察機を自作自演で、ペンタゴンに突入させた。


このように、アメリカは、世界を騙した。真実をわざと混乱させている。


日本でも2.26事件をわざと起こし、第二次大戦を仕掛けた戦争をのぞむ国体勢力がいて、現在も日本を遠隔に支配している。



=== FIN ===


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