八条宮智仁親王が発見することができた、600年代の昔から、倭国やまと王朝の都・太宰府にあった光源氏の桂離宮「桂殿」は、移築前は、どのような建物、庭園だったのか? 

米田良三著「法隆寺は移築された」は、古代史を解明するうえで、すばらしくも画期的です。

(この著のなかで)『桂離宮(=桂殿)は、光源氏が教養を併せ持つ実在 の皇子であり、皇子自らが建築・施行したものであり、ずっと後「源氏物語」の愛読者であった八条宮智仁親王が徳川初期の1600年代に、大宰府水城(=大 堰)で奇跡的発見から京都の桂川のほとりへ移築したもの。』
とのべています。

大宰府水城の桂離宮(=桂殿)は、『時空的にはさかのぼること法興寺(=観世音寺の前身)創建の西暦607年以降で、倭国が滅亡する 壬申乱672年迄の間に限定できる。』とものべています。

(以上は、http://www.geocities.jp/waikoku/index.html  からの引用。)


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初代・智仁親王は、幼少時に豊臣秀吉の養子となるが解消され、のちに兄・後陽成天皇からの譲位の申し出も徳川家康の反対で潰えた。

政治の実権は武家の手にあっても、文化を守り伝えるのは我ら公家ではないか。
「ならば王朝文化の再興をめざそう」と、桂離宮の普請に後半生を捧げた。
池に張り出す「月見台」など、独特の造形を生み出した。

八条宮智仁親王が別荘として京都桂川のほとりに造営した桂離宮。

最初に造営されたのは
50坪の古書院。

「瓜畠のかろき茶屋」とよんだ。


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八条宮智仁親王が発見することができた、600年代の昔から、倭国やまと王朝の都・太宰府にあった光源氏の桂離宮「桂殿」は、移築前は、どのような建物、庭園だったのか?



王族、貴族、僧侶の間ですでに飲茶が始まっていただろうこの600年代の、倭国ヤマト国王朝の都、太宰府の桂離宮「桂殿」に、もしかしたら茶の湯と茶室の原型は、芽生えていた、のかも知れない。

もちろん、千利休、小堀遠州の、茶の湯と茶室と和庭園は、この時代には生まれていない。



茶の歴史を、まず見てみる。



(中国の茶の歴史については、陳舜臣著「茶の話」、による。)

人類が茶と遭遇した歴史は非常に古く、記録上では約2060年前であろうと推測されている。

神話の世界では、今日の漢方薬の基礎を築いたと伝えられる神農帝が人間に適する野草や樹木の葉などの良否をテストするために、一日に72もの毒にあたり、そのたびに茶の葉を用いて解毒したという話が伝えらている。

中国に現れる最初の茶についての記録は、紀元前59年、前漢の時代に記述された王褒おうほうの『僮約どうやく』の一文。

中国最古の農書と言われる『斉民容術さいみんようじゅつ』(530~550)にも茶樹についての記載が見られる。


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以下は、下記を参照引用した

http://www.tominagaen.jp/transmission.html
茶の伝来と日本の茶(茶の種類、茶の成分)

http://www.geocities.jp/mamehiko6636/rekisi.html
茶の歴史と人物



日本で 最初に茶を伝えたのは、平安時代、比叡山延暦寺の開祖である最澄こと伝教大師。
延暦24年(西暦805年)に、遣唐使として渡った中国からお茶の種を持ち帰り、比叡山の坂本に植えたのが始まり。


日本の喫茶の起源についての記録としては、平安初期の 『日本後記』 の弘仁6年(815)の記述があるのが、わが国最初の喫茶についての記録である。


平安時代に書かれた詩歌集などにも茶の文字が残されており、少なくとも、上流階級の間では茶が飲まれていたと考えられる。


説話の上では『日本後記』にある記録より以前に、近畿や日本各地で茶が栽培されていたことが読み取れる。



(600年代の倭国ヤマト国の都、太宰府では筑紫国やまと王朝の王族、貴族、律令官僚、僧侶たちのあいだで、茶が飲まれていたと考えられる。)



この九州での茶の本格的な栽培は、後に茶の湯や茶室文化につながる禅宗が、もたらした。

筑紫博多の日本初の禅寺・聖福寺の建祖である、臨済宗の開祖栄西が、1191年、佐賀県の東脊振村の山腹と福岡県側の福岡市早良区脇山の脊振山腹に、 宋の国から持ち帰った茶の種を播いたのが、九州の茶の栽培と現在の各地の名産の始まり


日本の茶の栽培の起源としては、茶の栽培とともに抹茶(碾茶)ー禅のわびさび、を伝えた栄西禅師の事績のほうが、最澄の事績よりも尊重される。


1214年、この栄西禅師が将軍源実朝に、本格的な茶の効用から蒸し製法の碾茶などについて著した 『喫茶養生記』 を献上した。

この書は、わが国における最初の茶書として有名であり、その後の喫茶の普及に果たした役割は大きいものがある。

『喫茶養生記』は、製茶法についても記述があり、これは宋代に作られていた蒸し製の散茶であり、碾茶の原型とも言える。これを粉砕し、お湯を注ぎ、茶筅で泡立てて飲んでいた。



鎌倉時代の末になると茶寄合いなどが盛んになり、闘茶や茶香服(茶歌舞伎)などの抹茶法(茶の湯)がいよいよ佳境に入ろうとしていた。

足利義満、義政の室町時代、豊臣秀吉、千利休の桃山時代から江戸末期までを通して、玉露、煎茶の「宇治製法」は優れた技術として認められ、近江、伊勢、駿河、狭山などでもその製法を導入していった。



日 本 の 茶


茶をのむ習慣は、栄西以後一般にもひろがっていき、はじめは薬用としてもちいられていましたが、しだいに嗜好(しこう)品へと変化していきました。

室町時代には茶道文化が生まれ、江戸時代に中国(清)から煎茶(せんちゃ)がつたわり、緑茶が日常茶飯事とまでいわれるようにな飲料になりました。

それは、米飯(酸性)を常食とする日本人が、茶(アルカリ性)や梅干しを大切にし、仕事の合間に「お茶の時間」をとって疲れを癒したのは、生活の知恵であったといえましょう。

茶には不発酵茶(おもに緑茶)、発酵茶(おもに紅茶)、半発酵茶(おもにウーロン茶)があり、日本では緑茶が中心ですが、高知県の碁石茶、徳島県の阿波番茶、富山県の黒茶などの発酵茶もあります。

緑茶をつくるための加熱の方法には、蒸気をもちいる蒸し製茶と、釜(かま)で炒(い)る釜炒り茶とがあります。

製茶の主力は蒸し製茶で、煎茶、玉露、碾茶(抹茶)、川柳などがあります。

釜炒り茶としては佐賀県の嬉野(うれしの)茶と、熊本県や宮崎県の青柳(あおやぎ)茶があります。

緑茶は栽培法、もちいる茶葉の部位、製茶の仕上げ方などによっていろいろな種類の茶がつくられ、そのうちもっとも生産量が多いのは煎茶で、約8割を占めています。


■ 玉 露

緑茶の最高級品、日覆いをして栽培した茶からつくる覆下茶(おおいしたちゃ)で、一番茶の新芽をもちいて針のように細くしあげ、茶葉は鮮やかな濃緑色で、浸出液の色は煎茶よりもうすく、コクのあるうまみがあり、京都の宇治ではじまり、京都以外では福岡県の八女茶が銘柄品です。


■ 煎 茶

日覆いをしない茶園の茶葉から製茶し、葉をもんで細長くしあげ、浸出液の色は黄緑色で、上質のものはよい香りと、まろやかなうまみ、渋み、甘みがあります。


■ 碾 茶(抹茶の原料)

覆下茶で、一番茶の葉を蒸したあと、もまずに乾燥し、切断したものが碾茶(てんちゃ)です。
これを石臼(いしうす)で微粉末にしたものが茶の湯でつかわれる抹茶です。


■ 番 茶(青柳 とか 川柳とも表示されます。)・ほうじ茶・玄米茶

茶葉の大きい茶のことで、煎茶の製造過程で粗大葉や茎などを集めた茶と、堅くなった茶の葉や剪定でかりとった葉をもちいてつくる茶とがあり、番茶はカフェインが少なく刺激が弱いため、食事中の飲み物に適してます。茶の2次加工品に、強火で 焙(ほう)じた焙じ茶、炒った玄米をくわえた玄米茶などがあります。



■緑茶の主要な成分
タンニン、カフェイン、アミノ酸類、精油などで、それぞれの含有率は栽培法、茶葉の採取時期などで変化します。
○ タンニン(カテキン/ポリフェノール)は茶の渋みと苦みに関係する成分で、 一番茶では少なく、二、三番茶に多く、玉露や抹茶など覆下茶には少ない。
○ カフェインは苦み成分で、神経を興奮させる作用があり玉露など覆下茶に多くふくまれる。
○ アミノ酸類は茶のうまみや甘み成分で、緑茶にはテアニンがもっとも多くふくまれる。 カフェインと同様に覆下茶に多い。
○ 精油は茶の香気成分。
○ 緑茶の茶葉にはビタミンCがかなりふくまれています。玉露や抹茶よりも、覆いをしない煎茶のほうが含有量が多い。

★カテキン/ポリフェノールは近年、研究がさまざまの成果を上げ、発ガン抑制作用や血中コレステロールの低下作用、痴呆症に対する有効性、成人病予防など、医薬としての可能性をはじめ、抗菌、抗ウイルスや抗酸化、消臭など優れた作用が解明され, 注目されています。
5000年の昔からお茶の効能を利用してきた先人たちの知恵に、いま、ようやく科学の光があてられ、驚くべき力が明らかにされつつあります。


Q&A・・・・・タンニン、ポリフェノール、カテキンの違いは?

基本的には同じ範疇のものであると言ってもいいのですが、
■タンニンとは元来植物抽出物の総称であり、機能に着目した呼称といえます。
■ポリフェノールというのは、これらの物質の分子構造に着目した呼称といえます。
一方、これ らのいずれもが高重合物で、その構造が未詳であるのに対し、
■カテキンはフラバノール骨格を分子内にもち、構造が明確な数種の化合物を指します。
概念的には茶タンニンと茶ポリフェノールという大きな集合に、茶カテキンという小さな集合が包含されているとも言えます。
参考文献  Encarta(R) Encyclopedia 2000.



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%A5%B3%E8%8C%B6 より引用

●八女茶(やめちゃ)は、主に福岡県八女市・筑後市および八女郡広川町で生産される日本茶のブランド。

生産地の特徴として伝統本玉露の生産量が日本一 (約45%) であり、そのためお茶の平均単価も日本一高い。日本有数の高級茶産地として全国的に知られている。

玉露は平成13 - 平成24年度の全国茶品評会で12年連続の農林水産大臣賞を受賞している

また平成25年度は農林水産大臣賞は逃したものの、同品評会入賞の玉露が一番多い産地に送られる産地賞を受賞。平成26年度全国茶品評会では普通煎茶4㎏、玉露部門で農林水産大臣賞を受賞した。

特に平成19年度は、玉露の部の1位から26位までを独占し、他産地を圧倒した

玉露茶園は八女市の山間部のなだらかな傾斜山地に多く見られ、とくに八女市黒木町から同市星野村、同市上陽町にかけての中山間地で受賞した玉露茶園が多く見られる[1]。



●星野村 茶の文化館 星の文化館 玉露茶園と棚田と古陶星野焼


星野村に行こう!
6:36
ふくおかインターネットテレビ

https://youtu.be/_aBE0SkhPxQ


2011/03/15 にアップロード

緑豊かな八女市星野村。石積みの棚田や星野茶、星野焼など、自然と文化に触れる旅をご紹介します。



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横道にそれましたが、横道ついでに、これからマジカル・ツアー・バスで、茶の産地と横道グルメをめぐる福岡佐賀・小旅行に行ってきます。



まず、中国大陸朝鮮半島から倭国への入り口であった遠賀湾と糸島。その糸島を旅行の起点に。



■糸島・早良は福岡市の生鮮品の産地直送地産地消テント露店群の発祥地です。いまは大規模化してJA経営のがある


糸島市 #1「ケンドーコバヤシ」 華丸・大吉のなんしようと?
12:22
nansiyouto

https://youtu.be/qx3IOCmZsso


2014/12/21 に公開




■早良区の湧水が湧き出る「石釜」に、豆腐の濃い味がする名物石釜の豆腐屋さんがあります

石釜豆腐製造店 【華世と久美子の大人ドライブ♪】
1:05
KAYO channel

https://youtu.be/4Ph_BA2zHGs





■早良区を背振山のふもとの「脇山」をめざして南下します。奥には椎葉温泉や日帰り温泉施設「梁山泊」がありますが、「脇山」地区は、日本の茶栽培の発祥地碑がたてられている「脇山中央公園」で散策


脇山走ろう会激励と茶摘み体験
3:03
福岡チャンネル by Fukuoka city

https://youtu.be/pZbg2NLk3h4


2011/05/18 にアップロード
5月15日、早良区脇山で行われた脇山走ろう会のマラソン大会の激励と茶摘み体験の様子です。
ちなみに、脇山がお茶の発祥の地だって皆さんご存知でしたか。

KBCテレビ出身の高島市長も来てました。



中洲を流れている那珂川の源流の五ヶ山地区から背振山脈の峠をこえて佐賀県の東背振、神埼方面へ抜けることもできますが、今回は三瀬トンネルを通って三瀬、北山湖、古湯温泉、大和町にぬけるコースを辿ります。



■三瀬ルベール牧場どんぐり村は、フランスの田舎の風景をモデルにした、日本ではめずらしい本物の「のんびり」を満喫できます


ゆっつら~と、佐賀市#20 大自然と元気に遊ぼう どんぐり村
2:04
sagakanko

https://youtu.be/dd2Q54A7vLI


2011/10/11 にアップロード
佐賀市三瀬村にある「どんぐり村」は、フランスのボルドー地区クサック村と20年の交流を続けている。村の中の建物や石畳は曲線を生かしたデザインで、まるでフランスの田舎に遊びに来たような感覚になる。



三瀬には背振山系の湧水に恵まれた三瀬そば街道が待っています。


北山湖から古湯温泉に横道して、お湯につかることにします。



古湯温泉は、2200年前に、日本に不老長寿の薬を探しに来た徐福が発見したとされる、日本建国時の記憶をとどめる、日本の老舗温泉。古くから湯治場として知られ、斎藤茂吉、青木繁、郭沫若らの文人墨客も多く訪れた。ぬる湯:母胎の羊水温度に近い38℃~43
℃、である。

6月に蛍鑑賞会、7月に古湯温泉花火大会、9月に古湯映画祭などが行われ、他にも多くのイベントがある。



■古湯温泉 旅館 鶴霊泉は、浴槽の底が直接、温泉が自噴してくる、全国でも他にない温泉宿となっている


佐賀県 古湯温泉 旅館 鶴霊泉 古き良き温泉街
5:55
libertytom

https://youtu.be/83AsLI50BzE


2011/09/08 にアップロード
佐賀県 古湯温泉 古きを守る由緒ある温泉街のなか、自然と温泉そして料理を楽しめる宿。 女性には砂湯と浴衣のレンタルが大好評です。



ヤマトタケルの伝説を残す大和町のインターから、佐賀城、佐賀市中心街はすぐそこ

大和インターから東背振インターに移動すれば、そこは、吉野ヶ里町、名産ソーメンの神埼町、紅葉で人気の国の名勝「九年庵」が。そして、背振山の佐賀側の茶の栽培発祥の「霊仙寺(りょうせんじ)跡」と「修学院」。
近くには、東脊振トンネルそばの「道の駅吉野ケ里」が。



■三瀬そば街道をやりすごしたかわりに、渓谷ぞいに佇むおしゃれな建物の、神埼ソーメン井上製麺直産の「うどん・そーめんの名店・百年庵」で牛蒡天うどんをいただきたいところです。。


秋の九年庵と百年庵
4:12
上村たかし

https://youtu.be/mZ_jNwDOcsg


2010/11/26 にアップロード
2010年秋の九年庵の公開の時の映像です。最初に近くの百年庵で食事後九年庵に。で、九年庵を観終わった後、再び百年庵に戻ってたい焼きぜんざいを食べたので、そのまま入ってます(^^)/




== FIN ==



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