八条宮智仁親王が発見することができた、600年代の昔から、倭国やまと王朝の都・太宰府にあった光源氏の桂離宮「桂殿」は、移築前は、どのような建物、庭園だったのか? 

米田良三著「法隆寺は移築された」は、古代史を解明するうえで、すばらしくも画期的です。(この著のなかで)『桂離宮(=桂殿)は、光源氏が教養を併せ持つ実在 の皇子であり、皇子自らが建築・施行したものであり、ずっと後「源氏物語」の愛読者であった八条宮智仁親王が徳川初期の1600年代に、大宰府水城(=大 堰)で奇跡的発見から京都の桂川のほとりへ移築したもの。』 とのべています。大宰府水城の桂離宮(=桂殿)は、...
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