八条宮智仁親王が発見することができた、600年代の昔から、倭国やまと王朝の都・太宰府にあった光源氏の桂離宮「桂殿」は、移築前は、どのような建物、庭園だったのか? 

米田良三著「法隆寺は移築された」は、古代史を解明するうえで、すばらしくも画期的です。(この著のなかで)『桂離宮(=桂殿)は、光源氏が教養を併せ持つ実在 の皇子であり、皇子自らが建築・施行したものであり、ずっと後「源氏物語」の愛読者であった八条宮智仁親王が徳川初期の1600年代に、大宰府水城(=大 堰)で奇跡的発見から京都の桂川のほとりへ移築したもの。』 とのべています。大宰府水城の桂離宮(=桂殿)は、...
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何でも見てやろう、と世界のあちこち、行ってみる。歩いてみる。覗いてみる。いつの時代でも読み継がれてきた、日本のベストセラー旅行記を体験してみよう。 

何でも見てやろう、と、マンボウ航海記と、永六輔 中村八大の『遠くへ行きたい』のメロディで、日本の世界を「さるく」ブームは始まったように思われる。60年代、ほんの数年前まで、日本は海外渡航不自由な時代だった。外貨持ち出しも申告すれば自由、ではなく制限されてたし。当時は商社の海外派遣とか、学生の外国大学への公費留学がおもな海外渡航の理由だった。個人の旅行では、まだ海外渡航は不自由だった。H.I.S.の個人を団...
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