FC2ブログ

日本列島に現代まで続く、エタ ヒニン、部落差別、朝鮮人差別。その淵源は、古代の、弥生人による邪馬臺(やまと)王権争奪と、タルムード・ユダヤ教、悪魔崇拝イルミナティ源流、の流入にある。 

紀元300年代までの日本建国時の日本原住の縄文人は、日本列島における弥生人による王権争奪で、ーーー 九州豊国に、神武天皇による、やまと(山門)国(邪馬臺國)、を作った王朝側の縄文のひとびとは、やまと(邪馬臺)王朝を倒しに来た侵略者によって、熊襲、土蜘蛛、はなたれ、耳垂れ、鬼、などと蔑称された。差別の根源、発生のなりたち、というものは何か、を知りたいものだが、さて、そこにある古代の差別蔑視は、いったい、「...
Read More

神武天皇も崇神天皇も垂仁天皇も卑弥呼も、大物主もスサノオもニギハヤヒも、豊国、現・筑豊に居た。日本書紀に記されていた卑弥呼らしき人物の痕跡。卑弥呼の墓は最後の殉葬。そのあと埴輪が豊国、現・筑豊で誕生。 

神武天皇の東征。神武は瀬戸内、近畿へと東征しなかった。近畿にヤマト王朝の元をつくったわけではない。神武天皇は熊本県「阿蘇郡蘇陽町(現・山都町)斗塩」で生誕し、熊本県「鹿本郡菊鹿町」(旧・肥後国山鹿郡日向村)の吾平山のふもとで育ち、そして父ウガヤフキアエズと、熊本県火国から福岡県筑紫国、豊国へと東征に出発した。 神武天皇の東征と大和王朝創始のはなしは、九州豊国の天の香具山への東征、ニギハヤヒの倭の奴(ぬ...
Read More

神武天皇は熊本県「阿蘇郡蘇陽町(現・山都町)斗塩」で生誕し、熊本県「鹿本郡菊鹿町」(旧・肥後国山鹿郡日向村)の吾平山のふもとで育ち、そして父ウガヤフキアエズと東征に出発した。 

■神武はどこで生まれ、どこで育ち、どこで東征にでかけることになったのか ?ニギハヤヒとニニギという天孫(あるいは天神)族兄弟について、天孫(天神)とは中国大陸、朝鮮半島からの渡来人を意味している。神武天皇につながる天孫ニニギについては古事記日本書紀には書かれているが、古事記日本書紀にはニギハヤヒのことは書かれていない、らしい。ニギハヤヒ(兄)は紀元前1世紀に(遠賀湾沿岸に)天孫(天神)降臨。ニニギ(弟)は(博多湾...
Read More

通称邪馬台国(ヤマタイ国ーヤマト国)論争の真打、本丸、切り札、ついに登場。『卑弥呼の墓か?』 豊ノ国(現・福岡県田川郡)赤村の巨大前方後円型地形。 

ついに『卑弥呼の墓か?』―赤村の巨大前方後円型地形について」福永晋三 20180321福永晋三氏は『神武は筑豊に東征した』『初代神武天皇は田川で即位した』『ヤマト国は、近畿のやまと三山ではなく本物のやまと三山、香春岳三山のふもと、田川地域にあった』と長年、言ってきたことから、田川地域に神武から100年後のヤマト国の女王卑弥呼の、魏志倭人伝に言われているとおりの、大規模な都集落と大型の墓が存在しているはず、とし...
Read More

神武イワレヒコ、スサノオ、タケミカツチ、アジスキくん(事代主)、ニギハヤヒ、、はみんな九州(ほぼ火の国)にいた。菊池のアヒラツの神武天皇と蒲智比咩(がまちひめ)。郡浦神社と阿蘇氏の製鉄の歴史。 

火の国、菊池のアヒラツの神武天皇と蒲智比咩(がまちひめ)。郡浦神社と阿蘇氏の製鉄の歴史。日本建国古代史まじかる・ツアーにようこそ。イワレヒコ、スサノオ、タケミカツチ、アジスキくん(事代主)、ニギハヤヒ、タケノウチノスクネ、はみんな九州火の国にいた。。(以下の2つの記事を転載はじめ)仮称リアス式豊久士比泥がわかりましたよ http://gownagownaguinkujira.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-e9c5.html 2010年1...
Read More