『天皇は古来からの日本列島原住民で渡来人ではない、皇統は南北朝でも明治維新でも途切れることなく、ニ系統の準・万世一系で連続している』、という幻想を振り撒く、落合莞爾。



前前回の記事
http://kenchicjunrei.blog.fc2.com/blog-entry-9.html
『日本を代理支配する田布施システム。朝鮮出自在日勢力はどのようにして日本の支配層になったか。その1 伊藤博文から岸・安倍・笹川、統一教会、日本財団。』


の冒頭の抜粋転載の記事ふたつを、ここで要約して、それを今回のテーマの起こし、とさせていただく。


オルタナティブレポート
http://alternativereport1.seesaa.net/article/65858571.html
(上記サイトの記事より抜粋)

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日本の戦国時代、最も「忍の者」=諜報(スパイ)組織を発達させたのが毛利一族であり、長州藩はそのスパイ組織を引き継ぎ生かし、江戸幕府を打倒する。

明治天皇は、当初、日本が英国ロスチャイルドと組み、後に満州事変に発展する中国・アジアへの侵略政策を採用する事に強く反対したため、長州藩勢力により殺害され、長州の諜報組織のメンバーが明治天皇に「入れ替わる」。

大正、昭和の天皇、現在の天皇は、この長州藩の諜報組織のメンバーの末裔であり、明治天皇の子孫では全く無い。

以後「ニセ」の天皇の周辺を長州勢力の諜報組織のメンバーが固め、日本の政治は動かされて行く。
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http://blog.livedoor.jp/ijn9266/archives/3475251.html
(上記サイトの記事より抜粋)

■日本征服計画② 尊皇攘夷の象徴孝明天皇暗殺 

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日本人の魂を抜かれた博文は岩倉具視と共謀して、尊皇攘夷の象徴孝明天皇と息子の睦仁親王を相次いで暗殺する。

慶応2年(1866)12月某日夜半過ぎ、孝明天皇(写真下)はずっと病んでいた天然痘が快方に向かったため、愛妾だった岩倉具視妹の堀川紀子邸(下京区岩滝町)に夜這いに行く。天皇が用をたそうと厠に入った際、厠の下に隠れていた何者かが彼を槍で刺し殺す。実行犯は伊藤博文である。

彼を刺客として送ったのはグラバー。彼は薩長勢力に軍艦・最新式武器スペンサー銃やゲベール銃を供給させて倒幕勢力を育てる一方、慶応2年12月25日、攘夷佐幕で凝り固まって手を焼いていた孝明天皇を暗殺する為、大阪湾停泊の英国駆逐艦から、若き伊藤博文を放った。

著名な歴史作家の南原幹雄の曽祖父は御殿医だったが、当日深夜突然呼び出され、致命傷を負って息絶え絶えの孝明天皇を診察。その事実を詳細に記録した日記が残されている。
孝明天皇の息子の睦仁親王も翌年1月の天皇即位から半年後に暗殺される。遺体は布でぐるぐる巻きに巻かれ、実家の中山家に送り返された。

その後数か月間天皇位は空位が続いたが、鳥羽伏見の戦いで官軍が勝利した直後、奇兵隊隊士、当時16歳の大室寅之祐が睦仁天皇に成り代わり、密かに明治天皇となった。

これが偽らざる真実の明治維新史である。ちなみに、大室寅之祐の出身地、山口県熊毛郡田布施町の古老達は、今でも明治天皇のことを「奇兵隊天皇」と呼ぶ。
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明治天皇になるはずだった孝明天皇と、その長子の睦仁親王は、長州藩伊藤博文一味によって暗殺され、一味の大室寅之祐が睦仁天皇に成り代わり、密かに明治天皇となった。明治維新は天皇を殺害して、天皇になる、天武以来の、字義どおりの倭国「大乱」だった。

この歴史の事実を掘り起こしわれわれに明らかにしたのは、鹿島昇氏の『裏切られた三人の天皇-明治維新の謎』、益田勝実氏『天皇史の一面』に、これを元にした鬼塚英昭氏の『日本のいちばん醜い日』((2007年7月21日成甲書房)であり、冒頭のふたつの記事もそれらを出典としている。




ところが、この掘り起こされた明治維新=倭国「大乱」の歴史をほぼ完全に否定する、落合莞爾氏の「堀川政略」史観が現れた。

『国際ウラ天皇と数理系シャーマン(落合莞爾著)』 に書かれた明治維新の隠された企画


「堀川政略」とは

●幕末維新期の孝明天皇は偽装崩御して裏天皇となった。

●「孝明天皇・睦仁親王暗殺説」は実はカモフラージュであり、殺されたと見せかけてそのまま堀川御所に入りウラ天皇となったのです。

●南朝大塔宮護良親王の末裔の中から秘かに選ばれた幕末長州の「寄兵隊(力士隊)天皇」こと大室寅之祐が、孝明天皇の皇位を継承した睦仁親王に成り代わって明治天皇になった。

●このような天皇のすり替えは、南北朝時代から行われていた。光厳上皇の皇子とされてきた崇光天皇が、実は護良親王の王子であったのです。


●明治元年、新政府は江戸城を新たな皇居として南朝系明治天皇を迎え、一方で先帝・孝明天皇、睦仁親王ら北朝皇統は秘かに京都に残り、東京皇統と政府が直接関わることが難しい特殊な国事に当たることとされる「皇統二元体制」が敷かれました。

●京都皇統は堀川通にある本圀寺を拠点に、睦仁親王を明治の"裏天皇”とし、また睦仁親王と村上源氏久我支流の羽林家千種家の女官との間に生まれた子を、拠点の呼称「堀川御所」に因んで「堀川辰吉郎(1889年ー1972年)」と呼びました。


このように、「孝明天皇は偽装崩御」、とカップリングされた「孝明天皇・睦仁親王暗殺説」、京都北朝皇統の睦仁親王・東京南朝皇統の寄兵隊天皇の「皇統二元体制」、京都裏天皇「堀川辰吉郎」、までの謀議、企画を「堀川政略」という


堀川辰吉郎は、明治天皇の側室、千種任子の子供というお話で、大正天皇の生誕と重なったため、混乱を避けるため民間人の頭山満に預けられた、と言う。




http://ici05876.blog.fc2.com/blog-entry-56.html   (より抜粋引用はじめ)

京都皇統"裏天皇"とは

1)"裏天皇"堀川辰吉郎の出自

明治維新の背景にある思想は、楠木正成が後醍醐天皇を助けて鎌倉幕府を倒した「建武中興」を模範とした「楠公精神」でした。したがって、その核心は南朝皇統を正統とするもので、単なる王政復古だけでなく、「南朝皇統の復活と北朝皇統との交替」を実現する点にありました。

この結果、明治元年、新政府は江戸城を新たな皇居として南朝系明治天皇を迎え、一方で先帝・孝明天皇、睦仁親王ら北朝皇統は秘かに京都に残り、東京皇統と政府が直接関わることが難しい特殊な国事に当たることとされる「皇統二元体制」が敷かれました。


京都皇統は堀川通にある本圀寺を拠点に、睦仁親王を明治の"裏天皇”とし、また睦仁親王と村上源氏久我支流の羽林家千種家の女官との間に生まれた子を、拠点の呼称「堀川御所」に因んで「堀川辰吉郎(1889年ー1972年)」と呼びました。


そこで、ここでは明治から昭和にかけて活躍した裏天皇・堀川辰吉郎の生涯と事蹟のついて触れます。まず、辰吉郎は幼少時に、福岡にある維新後、元黒田藩士が結成した政治工作結社「玄洋社」に預けられます。玄洋社の社長は「頭山満」でしたが、

隠れた社主は黒田藩主だった黒田長溥の実子「杉山茂丸」であり、辰吉郎は杉山を後見人として育てられます。辰吉郎は10歳のころ上京し学習院中等科に入りますが、問題行動を繰り返して放校処分を受けたため、13歳の時、日本に亡命していた孫文に托され支那に渡り革命行動を共にします。

その後、奉天の「世界紅卍字会」の会長に就任し、日本軍と支那政府との折衝に当たるなど日支講和に尽力。1912年に帰国し活動写真の配給会社を経営した後、1935年に「大日本国粋会」第3代総裁に就任しますが、反軍閥運動のため東條内閣と対立して再び支那に渡ります。


(抜粋引用おわり)
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いわゆる天皇制は、憲法、皇室典範を含めた国民に共有されている制度慣習、心根で出来あがっている「おもての天皇制」というものであり、国体勢力が「闇で透明」な勢力として実在するのは、「うらの天皇制」があり、そこにある秘密を隠し、それを「おもての天皇制」と想わせ、

日本国民に「天皇制」をけっしていつまでも醒めない幻想として強制しつづけることで、国体を維持しようとする、というところに、その存在理由を持つからだ。


政治家と律令起源の官僚の「政体」より上位の、この国を支配する闇の「国体」勢力、 国民に知らされていないもう一つの天皇制、 そしてそれらを支える非合法武装集団の存在。

どうして彼らが裏の勢力として存在できるのか?その権威を形作る「力」の源泉がどこにあるか? 問題は、この一点に集約される。


かれらにとって、権力のすさまじい源泉となっているのは、---「ねじれ」そのもの、――― 日本の建国の歴史、天皇家の成立の歴史、における、「うそ、偽り、創作、操作、でっちあげ」、に他ならない。


『近畿の大和政権は、王朝が九州に建てられ九州に実在した故事を、近畿に置き換えた、にせものの歴史、である。』

『近畿の飛鳥奈良大和王朝は、神武が創始した九州豊国邪馬臺國(やまと国)王朝以来のオリジナルの故事と地名を騙った、コピー品である。』

にもかかわらず、日本人にはもはや動かし難い模造の歴史を近畿に堆積させてきた。


それは、九州豊国邪馬臺國(やまと国)王朝以来のオリジナルの故事と地名を、そのまま複製したものでは、まるでなかった。

ある巨大な『ねじ曲げ』の意思をもって、故事と地名は、知能のたけた者によって、編集がくわえられ、そうして古事記、日本書紀となった。

古事記、日本書紀の偽史の伝統は、ヤマト王朝が九州から奈良に引越した700年代の時代以降も、西暦2000年代の今も、繰り返される。



それは、もともと偽史にすぎないヤマト王朝の偽史の上塗りに過ぎない。「ない」ものを「ある」ものとする幻想を企画し共同幻想することで「リアルな現実」をつくりだしてしまう、とんでもない、ろくでもない擬態の歴史だ

堀川辰吉郎は、生来の詐欺師で、満州大陸浪人、日中戦争と麻薬利権のフィクサーきどりだ。そこには明治から昭和の権力層の国体勢力のごろつきが、つながりあって蠢いている。



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偽史の最終兵器  落合莞爾の「堀川政略」史観

http://www.asyura2.com/12/cult10/msg/284.html   より抜粋転載はじめ

投稿者 ♪ペリマリ♪ 日時 2012 年 10 月 18 日 19:44:49: 8qHXTBsVRznh2 Tweet    



7uPtGleutMさまから御教示いただいた落合莞爾について問題提起します。


読書日記さまより http://2006530.blog69.fc2.com/category10-3.html
転載させていただきます。


ちょっと長いですがザッとでいいから目を通して見てください。
核心部分を以下に抜粋します。◎に私の考えを入れます


   
●疑史 第68回  ★清朝宝物の運命    落合莞爾 


この辺で堀川辰吉郎の正体を明かさねば、本稿はもはや諸賢に認めて貰えまい。辰吉郎は明治十三年、孝明帝の血統を享けて京都の堀川御所に生まれた。

明治二年、西郷・吉井・大久保の薩摩三傑が宮中改革を図り、孝明帝の女官を京都に留めたことは周知であるが、その女官たちは、維新後も京都堀川御所に住した京都皇統に仕えたのである。(中略)堀川御所は昭和三年に廃止されたと聞くが、皇統の本拠としての意義を果たし終えたからであろう。


京都皇統の中核的人物として生まれた辰吉郎は、井上馨の実兄・重倉の籍に入ったが、生地に因み堀川姓を称した。(重倉については未詳だが、玄洋社員と聞く)。

幼くして玄洋社に預けられた辰吉郎は、上京して学習院に入る。皇族・華族の子弟教育の機関で一般民の入学を初等科に限っていた学習院に入学したことは、辰吉郎の貴種たるを暗示する。


明治三十二年、清国の革命家・孫文が日本に亡命した時、その支援を図る玄洋社は、実質社主・杉山茂丸の計らいにより、弱冠辰吉郎を孫文に付して、その片腕とした。

(中略)ともかく、常に伴う辰吉郎を日本皇子と称したことで、孫文の清人間に於ける信用が俄かに高まったのである。


愛親覚羅氏が日本に接近するのは、日本の実力を目の当たりに見た日露戦争の後である。接近は西太后の側近・袁世凱を通じて行われたが、

東京皇室は固より、政体・桂太郎内閣も敢えて対応を避けたのは、東京皇室と京都皇統の間に国務分担の密約があり、皇室外交と国際金融は京都皇統の分野だったからである。


◎「東京皇室と京都皇統の間に国務分担の密約」があったというのは、
落合莞爾が説く史観の重要なポイントです。


辰吉郎を盟主と仰ぐ京都皇統の芯核は孝明帝の祖父・光格帝由来の宮中勢力で、光格帝と実賛同血統の鷹司家を始めとする旧堂上の一部である。之に加えて、孝明帝の皇妹・和宮が将軍・家茂(紀州慶福)に降嫁した公武合体に発する紀州藩・会津藩の勢力もあった。
辰吉郎傘下の実行部隊は玄洋社だけではなく、京都に根拠を張った寺社勢力がそれで、東西本願寺が当時の棟梁格であった。


外郭の中で、最も強大な勢力は前述の薩摩ワンワールドで、在英海洋勢力の支部として杉山茂丸の指示に従いながら、辰吉郎の経綸を実行していた。

また丹波大江山衆は、光格帝の実母・大江磐代(大鉄屋岩室氏)に由来する禁裏の外郭で、亀岡穴太村の上田吉松を頭として江戸時代から禁裏の諜報に携わっていたが、多くは玄洋社に誘われて満洲に渡って馬賊となり、或いは清国本部に潜入して国事に備えていた。
彼らが創めた大本教が、玄洋社と並んで辰吉郎支援の実行部隊となり大正時代には民国内に実質支部の紅卍会を建て、辰吉郎はその日本総裁となる。



◎薩摩ワンワールドが辰吉郎の経綸を実行していた。


満州に渡った丹波大江山衆が大本教を創り、玄洋社と共に辰吉郎の実行部隊となった。
紅卍会はその実質支部であり、辰吉朗が日本総裁となった。

この経緯と以下の説明の繋がりがよく分かりませんが・・・。


上田吉松と結んで大本教を開いた綾部の出口ナヲの次男・清吉は、高島鞆之助の計らいで近衛に入隊し、日清戦争後の台湾土民平定に参加したが、凱旋中の輸送船上で蒸発し、北清事変で軍事探偵・王文泰として手柄を挙げた後、満洲に渡って馬賊に投じた。この王文泰が馬賊仲間で三歳年下の張作霖を指導し、親日に誘導して日本陸軍の支援を取り付け、満洲の覇王に養成するのである。堀川辰吉郎は辛亥革命後、しばしば満洲に赴いて張作霖と慇懃を通じ、長子・学良と義兄弟の盟約を交わしたと謂う。


辰吉郎は、漢族自立を図る孫文、満洲保全を望む愛親覚羅氏の双方と親しく交わったが、その立場に毫も矛盾はなかったのは、蓋し双方とも満漢分離で一致していたからである。(中略)新生中華民国が群雄割拠となったのを国情の必然と覚った袁世凱は、共和政は不可能として帝政復帰を図るが、これを孫文にとって重大な障害と観た辰吉郎は、革命党に手を回して大正五年に袁を毒殺させたと聞く。


宗社党の満蒙独立運動を支援した大隈内閣が、袁世凱の急死と同時に方向を転換し陸軍内大連派に撤兵を命じたのは、在英ワンワールドの意向に基づくものと思われる。そのため、粛親王と宗社党を支援していた日本陸軍内の大連派には、彼らの損害を補填すべき義務が生じ、参謀本部支那課長の浜面又助大佐は、その財源探しに四苦八苦していた。在英ワンワールドの戦略に従う辰吉郎は、張作霖を地方政権として育成し、満洲を特殊地域化する戦略を立てた。張作霖が乾隆秘宝を接収したのは大正五年十二月で、大連派に対するジェスチュアとして、秘宝強奪の形を取った。

 
◎在英ワンワールドというのは具体的にどういう方々でしょうか。        



●疑史(第七十回)  清朝宝物の運命(3) 


日本陸軍の「河豚(ふぐ)計画」は、欧州のユダヤ難民を満洲に迎え、以てソヴィエト・ロシアに備えることを目的としたが、結局実行に至らず、欧州のユダヤ難民は、バルフォア宣言によりパレスチナの地を与えられて現在のイスラエル共和国を建てた。そこが原住アラブ族の居住地だったために生じたパレスチナ問題は、時間の経過とともに悪化するばかりである。翻って「河豚計画」を診れば、当時の北満黒龍江省の地は元来満洲族の土地で原住人口が少なく、漢族の移住者も未だ希薄であった。


◎「河豚計画」初めて耳にする言葉です。
日本陸軍は第二のバルフォア宣言を極秘に出していた。


満洲政権が当地に漢族を移住させたのは、やはり帝政ロシアに備える住民の壁を意図したものだから、当地に新イスラエルを建てる計画は、パレスチナヘの強制的移住に比べて格段の合理性があった。要するに「河豚計画」とは、満族政権に替わった日本が、漢族に加えてユダヤ族をも誘致しようとした案である。今日の論者は「河豚計画」を日本陸軍の立場からのみ論ずるが、根底にグレイト・ゲーム即ち地政学的発想があるのは当然のことで、しかも一神教内の対立を絡めた発想者は、どうみても海洋勢力の本宗たる在英ワンワールド以外には有り得ない。


◎実は第二のバルフォア宣言「河豚計画」も在英ワンワールドが出させたものである。


台湾政策においても、総督制による植民地制を採りながら現地民の甘薯栽培を保護したのは、そもそも台湾政策の根本を建てた高島鞆之助と樺山資紀が、在英ワンワールドの伝令使・杉山茂丸を通じて海洋勢力的統治策の根本を理解していたからであるが、その知識と知恵が朝鮮半島経営には生かされなかった。原因は幾つかあるが、一つは朝鮮総督府を独占した長州陸軍閥の総帥たる山県有朋が、親露的かつ親大陸勢力的性格が濃かったことであろう。之が陸軍の悪しき伝統となり、満洲事変後の満洲政策を左右して、石原莞爾が折角建てた海洋勢力的構想を変改・破壊してしまったのである。


◎台湾の麻薬政策の欺瞞については一言も触れていません。
私が落合莞爾を怪しいと思い始めたのはこの辺りからです。


京都皇統の中心で皇室外交を実践していた堀川辰吉郎は、弱冠にして孫文の秘書となったが、一方では張作霖にも慇懃を通じ、子息・張学良と義兄弟の盟を交わした。孫文の漢族自立革命と、醇親王の張作霖利用による満洲保全策は、どちらも満漢分離を前提としたもので、本来少しも矛盾しない。そこで醇親王は、極秘扱いの「乾隆秘宝」の存在を辰吉郎に明かし、両人は之を張作霖の軍費に充てることを決断した。時期は恐らく大正三~四年ころである。



◎満漢分離政策は「河豚計画」を推進しようとした在英ワンワールドの構想でしょう。
だからこそ昭和天皇も「満州は田舎だからいいが、上海は米英がうるさい」と、
独白録で漏らしているんでしょう。



落合莞爾続き
折から民国では北洋軍閥の総帥・袁世凱が権力を掌握し、帝政を復元して自ら皇帝に即こうとしたので宗社党と関東軍内の旅順派を剌激した。袁世凱は五年六月六日に急死するが、裏では孫文革命党を支援する辰吉郎の手が動いたと言われている。


●疑史 第71回  落合莞爾。
  
★清朝宝物の運命 (4)

 
ごく最近のことに、「乾隆帝が奉天に隠した宝物は堀川辰吉郎が秘かに買い取った」と聞いた。情報源は「その筋」というしかないが、その売主を二代目醇親王、時期を大正三~四年頃とするのは、私(落合)の推測である。


清室の中心は明治四十一年末以来醇親王であった。従って四十二年に、訪日途上の英国元帥キッチナーに北京で宣統帝の名で桃花紅合子を賜ったのも、奉天宮殿で江豆紅太白尊を贈呈したのも、すべて醇親王の計らいである。義和団事変の後、ドイツ公使殺害の謝罪使としてドイツに渡った醇親王は、世界の大勢すなわちワンワールドの存在と意志を知って帰国し、開明思想に基づいて清朝の政体を立憲君主制に移行させたが、時既に遅かった。これより前、保守思想の権化西太后も漸く清朝倒壊の時機を覚り、腹心袁世凱を通じて日本皇室に今後の満洲経略を諮ったが、明治皇室も政体桂太郎内閣も敢えて対応を避け、京都皇統の堀川辰吉郎にすべてを委せた。清朝の中心醇親王は明治十六年生まれで辰吉郎より三歳年下に当たる。同世代の両人はワンワールドに対する認識を共有することからも見識相通じて、爾後の満洲経略を練った。四十二年に中島比多吉が紫禁城に入って溥儀の傳役となり、翌年には辰吉郎が紫禁城の小院に寓居を構えるが、すべて醇親王の計らいであることは言うまでもない。


◎西太后が袁世凱を通じて日本皇室に今後の満洲経略を諮った。
明治皇室も政体桂太郎内閣も、京都皇統の堀川辰吉郎にすべてを委せた。
ワンワールドのトモダチ辰吉郎と醇親王は袁世凱を抹殺して紫禁城を奪取する。


The Last Emperor 1987
ラストエンペラー
http://www.youtube.com/watch?v=wqhe3zM5IMw

itomemo03 さんが 2009/06/26 にアップロード

◎往年の名優ピーター・オトウールが出てますね。

溥儀の妃にアヘンを勧めている川島芳子(清朝の親王の子女)は、
実は田中隆吉の愛人で、秘密破壊工作の仲間でもあります。
当時「里見のおじさん」と呼ばれていたアヘン王里見甫は、
「アヘンはアングロサクソンの代わりにわしがやっとるんだ」
とマキノ雅広に言っています。ワンワールドは古今の麻薬の老舗です。


『マキノが何よりも驚かされたのは、いかにも大物らしい中国人たちが、一様に里見の言うことをよくきくことだった。あるとき、マキノが小泉(注 小泉武雄)にそのわけを尋ねると、小泉はこう耳打ちした。


「里見のおじさんは、国民政府主席の蒋介石から阿片の権利をあずかり、蒙古で栽培されたケシの花を飛行機で運搬し、満州か中国のどこかで精製したアヘンを各地に配給しているんだ。そして、阿片で得た利益の半分を蒋介石の伯父さんという人を通じて蒋介石に渡し、四分の一は日本側中国主席の王精衛(汪兆銘)が取って日本占領地区の統治費用に使い、残りの四分の一の八分を軍部に納めて、あとの二部を里見のおじさんが色々な経費を含めて取っているんだ・・・。」


マキノは同じ話を里見の秘書役の徳岡からも聞いた。蒋介石側にも、これに敵対する王精衛側にも、そして日本の軍部にも、阿片販売で得た上りを上納する。常識ではおよそ考えられないふるまいである。しかし、里見だったらやりかねないような気がする。


マキノも言っているように、里見の金ばなれのよさは常識はずれだった。里見が阿片で稼いだ資金を目あてに、小遣いをたかりにくる輩はあとをたたなかった。里見はピアスアパートの部屋に風呂敷に包んだ札束をいくつも用意しており、それを目あてに訪ねてくる憲兵、特務機関から大陸浪人にいたるまで、いつも気前よく呉れてやった。


昭和十七(一九四二)年四月の翼賛選挙に立候補して念願の政治家になった岸信介もその一人だった。前出の伊達によれば、このとき里見は岸に二百万円提供したという。「鉄道省から上海の華中鉄道に出向していた弟の佐藤栄作が運び屋になって岸に渡したんだ。

これは里見自身から聞いた話だから間違いない」・・・里見の甥里見嘉一氏によれば、里見と親しかった日本画家の父親は、里見本人から直接聞いた話として、「戦時中、東条には小遣いを随分やっていた」という話をよくしていたという。


里見はその後の取り調べで(注 東京裁判の国際検察局による尋問調査)、アヘン売買による利益は日本の興亜院が管理し、三分の一が南京政府の財務省に、三分の一がアヘン改善局に、残り三分の一が宏済善堂に分配されたこと、ペルシャ産アヘンの海上輸送には危険が伴ったため、日本の外務省と軍の保障がなければ不可能だったこと、上海には常にアヘンを必要とした人間が人口の約三パーセント、実数にして十万人いたことなど、きわめて重要な事実を洗いざらい告白していた。』(佐野眞一『阿片王 満州の夜と霧』新潮社より)



落合莞爾続き

民国初年、醇親王から乾隆帝の泰天秘宝の存在を明かされた辰吉郎は、西本願寺法主・大谷光瑞師管理下の国体資金を用いて早速買い取った。目的は国事に用いるためで、代金はおそらく、革命後不如意になった醇親王と宣統帝の諸用に供されたのであろう。わが皇室にとって清室所蔵の古陶磁が単なる隣国の珍玩でなかったことは、辛亥革命の直後、泰天宮殿内磁器庫の清朝陶磁が放出されるとの風説を聞いた外務大・臣内田康哉が、「その筋において購入の意志あり。価格などを探れ」との訓電を奉天総領事・落合謙太郎に発した事で分るが、乾隆秘宝はそれよりも更に重大な意味を有していたのは論を挨たない。



◎手持ち不如意なトモダチのために、辰吉朗が奔走して美術品を高価買取りさせた。


辰吉郎と光瑞師は、買い取った乾隆秘宝中の「奉天古陶磁」をネタに、二つの作戦を建てた。一つは換金して奉天の新興軍閥張作霖の軍資金とすることである。大正三年に奉天の軍権を掌握した張作霖は、丹波皇統奉公衆の出口清吉が明治三十年代から親日傾向に誘導してきた緑林の頭目で、之を養成して奉天に親日的覇権を維持するのが日満合作の基本的戦略であるが、兵器近代化の資金が日本からの援助であることを隠蔽するために、張作霖が自力で乾隆秘宝を強奪した形を装うこととした。そこで張作霖に、大正五年末から六年二月に掛けて七回に亘って宝物強奪(真相は移管)をゆっくり実行させることとし、その都度光瑞師は配下の上田恭輔を立ち会わせた。


◎辰吉朗は買い取らせた美術品を換金して、満州帝国の近代武装化を図った。
資金の出所が日本だとバレないように、張作霖が美術品を強奪したことにした。


洪憲皇帝に就こうとした袁世凱は五年六月に急死する。これを中矢(伸一)は辰吉郎の工作と謂うが、頗る肯繁に当たる。南方革命派の孫文とも奉天覇権の張作霖とも昵懇だった辰吉郎が、愛新覚羅氏に代って帝政を維持せんとした袁世凱を排除するのは当然である。


●疑史 第72回    ★清朝宝物の運命(5) 


先次大戦後、満洲は中華人民共和国東北地区となり、辰吉郎と醇親王の謀った満洲計略は満洲国建国だけの線香花火に終わったかに見える。此処までの経緯は畢竟在英ワンワールドの意図に沿ったものと思われるが、彼らの建てた河豚計画(ユダヤ教徒の満洲移住計画)は未だ全く終っていないから、満洲問題はパレスチナ問題の今後の推移を観てから結論すべきであろう。



◎「河豚計画」はまだ終わっていない。



●疑史 第74回     評論家・落合莞爾 

 ★辰吉郎と閑院宮皇統(1) 


辰吉郎は孝明天皇の世に隠れた直系で、遡れば孝明→仁孝→光格と三代の天皇が続く閑院宮系皇統の直系である。

江戸幕末が光格帝に始まるとの論が近来盛んで、慶応大学講師竹田恒泰氏も、先年の講演でその事を強調していた。竹田講師の父は竹田恒和日本オリンピック委員会会長で、伏見宮皇統から出た北白川能仁親王の曾孫に当たる。



◎辰吉朗は光格帝の流れを閑院宮系の直系である。



落合莞爾続き

ここからが、私(落合)が仄聞した学校歴史にない★秘史である。何時の頃からか詳らかでないが、この国の支配層の間では、開国に向けての工程とそれに伴う次代の政体の探究が始まり、その実行のために皇統の入れ替えを図った。

皇統の変改はこの上もない重大事であるから、関係者は極く少数で、同期する関係者たちの第一世代が、光格天皇(一七七九~一八四〇)・関白鷹司政煕(一七六一~一八四一)・将軍徳川家斉(一七七三~一八四一)・薩摩藩主島津重豪(一七四五~一八三三)らである。

鷹司政煕は光格帝の叔父に当たるから、禁裏側は親族がペアを組んだものである。幕藩側は、家斉の叔母・一橋保姫が重豪の正室で、家斉の正室が重豪の娘という間柄で、これも縁戚のペアである。巷説では、家斉側に頼まれた重豪が将軍・家治の世子家基を暗殺して家斉の将軍就任を導いたというほど親密度の高い仲であった。



◎ここから落合莞爾によって禁じ手が仕掛けられる。

自分だけが仄聞したこととして皇統の改変を物語る。
光格天皇、鷹司正煕、徳川家斉、島津重豪が皇統の入れ替えをしたという。



関係者の二世代目は、孝明帝(一八三一~一八六六)・関白鷹司政通(一七八九~一八六八)将軍家茂(一七四六~一八六六)・福岡藩主黒田長溥(一八一一~一八八七)である。

孝明帝は光格帝の孫で、関白政通は政煕の子だから、二人は又従兄弟のペアである。また将軍家茂は家斉の孫、黒田長煕は重豪の実子であるから、幕藩側もペアである。この中で、孝明帝の妹で家茂の正室になった和宮親子内親王(一八四六~一八七七)が触媒の役割得を果たす。



◎孝明帝、鷹司政通、徳川家茂、黒田長溥が二世代目の皇統入れ替えを行う。
家茂の正室和宮が触媒の役割を果たす。



右の二世代にわたる関係者が、皇統の変改を核とする幕末維新の仕上げをしたと仄聞するのだが、詳細を語るほどの情報をまだ得ていない。ともかく公認史実と異なる事実は、

  ①孝明帝は慶応二年には崩御されず、維新後も御生存。
  ②孝明帝の御子は、維新後も生きて堀川御所に住んだ。
  ③和宮は明治十年には薨去されず、その後も御生存。
  ④家茂も慶応二年には薨去していない。

以上が真相ということであるが、これには和宮の家茂への降嫁と東京遷都が深く関係しているらしい。



◎落合莞爾はこの驚愕の真相をどこでどうやって「仄聞」したのであろうか。




鳥羽伏見の戦いの後、江戸城における評定で新政府軍に対する交戦継続を主張して罷免された小栗は、三野村に米国亡命を勧められたが応じず、勘定奉行を辞任して領地の下野国・権田村に隠遁した。

慶応四(一八六八)年、無血開城の江戸城に入った官軍は、例のインサイダー取引による莫大な利益を知っていたから、城内の金蔵が空なのは小栗が隠匿したと判断し、小栗が大量の荷駄を赤城山に運びこむのも目撃されていたから、直ちに派兵して小栗を捕え、厳しく吟味するが結局解明できず、小栗ら三人を斬首した。

真相は、この利益金は秘かに京都西本願寺に運ばれ、孝明帝に献金されて公武合体基金となったと聞くが、無論大老井伊直弼の発意であろう。幕末開国に向けた工作も既に最終段階に達していたから、この孝明基金は王政復古ではなく、明治以後の国事に充てられることとなった。



◎落合莞爾はしかし小栗忠順はその功により、斬首を免れたと後に述べている。



●疑史 第75回-2  堀川辰吉郎と閑院宮皇統(2)
  

閑院宮皇統から出た光格帝の血筋が、維新後京都の堀川御所に潜んで成した子孫を仮に京都皇統と呼ぶが、その一人が堀川辰吉郎である。

井上馨の兄重倉の戸籍に入ったため明治二十四年生まれとされている辰吉郎の実際の生年は明治十三年らしい。辰吉郎七歳の時、同じく孝明帝の孫でいとこに当る松下トヨノが堀川御所で生まれ、これを機に辰吉郎は福岡の玄洋社に預けられたと聞くから、戸籍では明治二十四年とされている松下トヨノも、実際の生年は明治二十年ということになる。


明治天皇東遷の陰で、秘かに堀川御所を造営して孝明帝の子女を匿ったのは如何なる意図に出たものか。禁裏関係筋から、いまだに「聖地は本来富士山を西から見る土地であるべきもの」とか「今の東京城は行在所に過ぎぬ」との言を聞くが、ことほど左様に禁裏側は、維新政府の必要から行われた皇居東遷を心中歓迎していなかったらしい。或いは、皇居東遷が、西南雄藩と倒幕派公卿の連立政府の成立を意味するからであろうか。

ともかく堀川戦略は、御所建春門外に在った学習所(京都学習院)が目指した公武合体理念が尊皇倒幕思想に置き換わる新事態に対応するためのもので、

孝明帝を中心に公武合体派が、京都に堀川御所を秘かに造営して閑院宮皇統を残す「堀川戦略」を立てたものと思われる。



◎「堀川戦略」が落合莞爾の偽史のキーワードである。


「堀川戦略」=「二世代に渡る皇統の入れ替え」

目的

「公武合体理念が尊皇倒幕思想に置き換わる新事態に対応するためのもの」

方法論

「孝明帝を中心に公武合体派が、京都に堀川御所を秘かに造営して閑院宮皇統を残す」


http://www.youtube.com/watch?v=zDyQLz0fn4k

京都御苑内【発掘された公家町 閑院宮邸跡】
3:14
黒川眞澄

https://youtu.be/zDyQLz0fn4k


mk00964988 さんが 2010/12/01 にアップロード

閑院宮家は伏見宮家、桂宮家、有栖川宮家と並ぶ四親王家の一つで、
1710年に東山天皇の皇子直仁親王を始祖として創立され、
公家町南西部のこの場所に屋敷を構えました。



創建当初の建物は天明の大火(1788年)で焼失し、その後再建されて
いますが、現在の建物との関係など詳しいことは判っていません。

明治2年の東京遷都に伴い、閑院宮が東京に移られてからは、
華族会館や裁判所として一時使用され、御苑の整備が一段落した
明治16年、宮内省京都支庁が設置されています。

第2次世界大戦後の昭和24年、京都御苑が国民公園となってからは、
厚生省、のちに環境庁の京都御苑管理事務所などに使用されていました。

平成15年度から3ヶ年掛けて全面的な改修と周辺整備が行われ、
平成18年3月に改修工事を終え、京都御苑の自然と歴史についての
写真・絵図・展示品・解説を備えた収納展示室と庭園などを
開放しています。

この閑院宮邸は、宮家創立後から明治10年まで、明治天皇が東京に移られてからも、公家町では唯一建物が存続しており、
色々な用途に使用されて来ました。

歴史的な価値が高い、この宮邸跡を保存し、公家屋敷としての面影を
遺す建物と庭園を活用するため、平成18年から一般公開されています。

敷地面積は、約9500平方mあり、東側には正門があり、左右に築地塀が
繋がっています。



◎閑院宮ってたかだか150年前の血統なんだ。
皇紀2600年とえらい違いジャン。何で力コブ入れるんかの?



落合莞爾続き

堀川戦略の中心人物が、維新政府の高官として宮中改革を進めた★吉井友実、西郷隆盛、大久保利通の薩摩三傑であることは確かである。

就中自らこれに処したのが吉井で、各省の卿を歴任して当然の身ながら進んで宮内省に入り、官歴をほとんど局長級で終始して中々次官にさえ就かなかったのは、姿勢を屈めて明治宮城の護持に専念していたのである。吉井と相携えたのが実質閑院宮の鷹司家から入った★徳大寺実則で、実弟が西園寺公望と住友友純であるから隠然政財界に通じていたが、宮内卿兼侍従長として明治天皇に常侍し、片時も傍らを離れなかった。長州人では、辰吉郎の戸籍上の叔父となった★井上馨で、公武合体資金や玄洋社への炭田払下げなど各所に、堀川戦略に関与したフシが窺える。



◎堀川戦略の三傑=吉井友美 西郷隆盛 大久保利通(+α井上馨)

主役吉井友美とタッグを組んだのが徳大寺実則

徳大寺の弟が西園寺公望&住友友純←上から読んでも下から読んでも山本山(笑



落合莞爾続き

公武合体を理念的基盤とする堀川戦略の財務的基盤は、前月稿で述べた小栗上野介の公武合体資金であるから、当然ながら徳川氏側にも関与者がいた。まず将軍家茂の側近であった★勝海舟で、西郷・大久保ら薩人とも昵懇で、維新後は家定未亡人・天璋院と誼を通じて旧幕臣の要となり、明治海軍増強のための資金供給に携わった。今一人は一橋家旧家臣で、井上馨の後援下に実業界に対する資金供給を担当した「実業王」★渋沢栄一であった。


◎「堀川戦略」幕府側スタッフ=勝海舟 渋沢栄一


 
●疑史 第76回              評論家・落合莞爾
 
 堀川辰吉郎と閑院宮皇統(3)
 
教科書史観では孝明帝は強烈な攘夷論者とされているが、事実は程遠く天皇は内心堀田の意図したごとき漸進的開国を望んでおられた。この真実を世にまげて伝えたのは、列参事件を美化せんとする攘夷派公家の子孫らが図ったものであろう。(後略)



◎孝明天皇が強烈な攘夷論者であるというのは虚像で、実は漸進的開国論者だったという。だったら会津若松藩と新撰組は、何をさせられていたのか。斬られまくっていた長州藩士って何? 



●疑史 第77回 

 堀川辰吉郎と閑院宮皇統(4)    評論家・落合莞爾 
 

江戸幕末に生じた諸々の現象の根底に横たわる対立は三点あった、①開国の是非、②幕藩体制の存廃、⑤皇統の南北論これである。そのうち最大の対立点は、実は皇統の南北論であったが、下記の「堀川政略」が奏功し、奇跡的な円滑さで南朝復元が実現する。その真相を、朝廷も明治新政府も厳重に隠蔽したのは、「万世一系思想」の通俗的理解に捉われ、ないしは迎合したからであろう。爾来百四十四年、インターネット社会が到来して偽史隠蔽はもはや無理となり、真相を探究し公開する事業が私(落合)に託されたのである。


◎開国の是非よりも、幕藩体制の有無よりも、最大の対立点が南北朝論だという。

落合莞爾に託されたのはこの最大の論点がクリアされたことを公開することだという。
偽史隠蔽はひとえに「万世一系」の通俗的理解に捉われ迎合した結果だという。

この論建は大野芳『天皇家の暗号 明治維新140年の玉手箱』の瞞着にそっくりだ。
ただし大野芳は南北朝統一とは言っていない。南朝革命と言っている。
そして関係者全員が生きていたというジョーカーは大野にはない。



落合莞爾続き

皇統の南北交代を目的とする政略の核心は、孝明天皇が崩御を装い皇太子睦仁親王や閑院宮皇統の一部と共に堀川御所に隠棲され、奇兵隊士・大室寅之祐が皇太子と入れ替って明治天皇として即位することであった(先月稿では「堀川戦略」と呼んだが、今後は「堀川政略」と呼ぶ)。「堀川政略」の立案者は孝明天皇以外にはあり得ず、近親閑院宮皇統と岩倉具視ら側近公卿がこれを輔翼したのである。おそらく天皇は、外寇の接近と幕藩体制の破綻の迫る中、蒼生に潜在する南朝復元願望が噴出してきた新事態を見抜かれ、救国のために南北朝の合体を図られたものと察せられる。



◎落合莞爾よ、それってオカシクないかい?

皇統の統一問題を解決したいから京都と東京に天皇を擁立したんだよね?

「蒼生に潜在する南朝復元願望が噴出してきた新事態を見抜かれ、
救国のために南北朝の合体を図られたものと察せられる。」って、

コソコソ隠れてやってたら分かんないって(笑
みんなに分からなかったら問題の解決にならないよ。
すり替えがバレたから辻褄合わせしてると思っちゃうよ。

大野芳は「南朝革命」、落合莞爾は「南北朝統一」という辻褄合わせね。



落合莞爾続き

当初は公武合体を期しておられた孝明天皇が側近と「堀川政略」を謀られたのは、仄聞するに学習所が開講した弘化四年(一八四七)で、嘉永五年(一八五二)ころに六条堀川の日蓮宗本圀寺の境内に秘密御所を営む計画が立てられた。

すなわち、将来の開国に伴う皇室の東遷に備えて、閑院宮皇統を京都に残すための施設「堀川御所」である。

その後、社会の根本的改革のためには政体の抜本的改変が必要と判断された天皇が、幕藩体制の破棄を決断されたのは安政五年(一八五八)前後のことで、同期して皇妹和宮の降嫁および幕末通貨問題が生じた。

「堀川政略」の骨子は南北皇統の入れ替えで、崩御を装った孝明天皇と皇太子睦仁親王が堀川御所に隠棲し、皇太子と入れ替えた長州藩奇兵隊士大室寅之祐を東京に遷し、次代天皇(明治天皇)として即位させるものであった。


◎睦仁の祖父中山忠能卿は日記に書いている「奇兵隊天皇が生まれた」と。
「南朝の天皇が復活した」とは書いていない。


当初降嫁予定の皇女富貴宮が夭折したため、皇妹和宮が新たに降嫁候補に挙げられたが、有栖川宮との先約のために縁談は難航する。そこで和宮の代わりに候補となったのは生まれたばかりの壽萬宮で、岩倉具視の実妹堀河紀子を母とする正に「堀川政略」の申し子であったが、余りにも若過ぎるため幕府の強い希望で和宮に決定した。

その萬壽宮を、翌文久元年(一八六一)に夭折したと装い、秘かに堀川御所で育てたのも、「堀川政略」の一環である。天皇義弟となった将軍家茂は、「堀川政略」を理解してあらゆる努力をした。天皇の偽装崩御に合わせて、自らも大坂城で脚気急死を装ったのである。


万延元年(一八六〇)一月、条約調印と通貨交渉のために、新見豊前守を正使とする幕府使節が出発したが、その四日後、天保小判一両を三・三七五両に通用させる増歩令が出され、四月には万延小判(雛小判)が新規発行される。小栗忠順は遣米使節に目付として同行するが、これに先立ち、元中間の三野村利左衛門に命じて、秘かに天保小判を買占めさせた。三月三日に井伊大老を暗殺した水戸浪士が、井伊の罪状の第二条として小判買占めの私曲を掲げたが、取り調べの結果、「上のために行った」と判り、井伊に咎めはなかった。


大老の命令で買占めを実行した小栗は、利益金を隠匿したために、慶応四年(一八六八)官軍の命を受けた高崎藩・吉井藩らの藩兵のために斬首された。小栗は利益金を赤城山に埋蔵したと偽装して、秘かに京に送り、本願寺に保管して「堀川政略」の基金としたのである。これだけの大事を悠々実行した小栗忠順が、雑兵の手に徒死する筈もなく、姓名を変えて再び渡米し、明治史に残る一大事を成すのであるが、其れは後日に述べる。



◎小栗忠順が「堀川政略」資金を作り、斬首されたフリしてこっそり渡米し、
偉大な事業を成し遂げた・・・義経が蒙古に渡ってジンギスカンになったみたいだ。


つらつら思うに、治承寿永の乱と言い、幕末維新の変乱と言い、実態は想像を超えた大計画の下に諸事が運ばれた一大リストラ戦争であった。計画した中心人物は、自らの死を以て世間を欺隔する必要があったが、実際に死ぬ必要はないから生き延びた。平家の公達は固より、孝明天皇・睦仁親王・壽萬宮・徳川家茂・小栗忠順らは皆それである。


ドラマか映画の世界である。全員生き返ったのだ。
  



●疑史 第78回

 堀川辰吉郎と閑院宮皇統(5) 評論家落合莞爾


以後の朝廷は、公武合体と勤皇倒幕の間を揺れながら維新に向かうが、その中心に孝明が端然と座し閑院宮皇統を従え岩倉具視ら側近公家を用いて「堀川政略」を進めていたことを洞察し得ず、左右からの風圧に靡く葦なぞと見做していては、歴史は解けない。


◎落合莞爾に言われたくはない。


慶応二年十二月二十五日、孝明崩御の場所は御所ではなく、堀河紀子邸とされる。四年前に宮中退出と掌侍辞職を命ぜられて霊鑑寺の尼僧となった筈の紀子が、孝明天皇の御幸を待つために秘かに構えた私邸である。その「紀子邸に住んでいた孝明の二人の幼い姫宮が、孝明暗殺の数日前に堀河家に移された」との説(宮崎鉄雄『明治維新の生贅』)が、壽萬宮と理宮が生存していた傍証となる。

孝明の死因は、表向き天然痘とされるが、当時から暗殺の噂が立ち、死因として毒殺説と刺殺説が挙げられた。

昭和十五年、大阪学士会の講演で毒殺説を立てた医事史家佐伯理一郎博士は、宮中侍医伊良子光順の日誌を解読した結論として、「天皇が痘術に罹患した機会を捉え、岩倉具視が堀河紀子を操り、天皇に毒を盛った」と断言し、「岩倉の姪(?)で、霊鑑寺に尼僧をしていた当の婦人から聞いた」と付け加えた。

一方刺殺説は、寵姫私邸の便所に潜んだ長州藩の刺客伊藤博文が、槍で刺殺したと謂うもので、急遽現場に喚ばれて診察した複数の外科医の証言を掲げて、謀主を岩倉具視と指摘する。

『中山忠能日記』にも「御九穴より御脱血」と、刺殺を仄めかす記載があり、その他の風聞や間接証拠も世上に多く、いつまでも決着がつかない。



◎孝明天皇暗殺の核心に触れている。


実はこれも「堀川政略」の一環で、孝明の生存を隠蔽するために関係者が故意に虚報を流布したのである。

まず天然痘説は無論虚報で、状況も造りものである。毒殺説は、犯人とされる岩倉兄妹自らが流布したもので、刺殺説の『中山忠能日記』などもその伝である。内科・外科の医師数人が招かれた現場は作り物で、死体はむろん替え玉であった。医者の証言は騙されて行なった偽証であるが、佐伯博士に対する紀子の証言のごときは故意の偽証である。

毒殺説と刺殺説の両方を流したのは、論争を招いて決着を付かなくするための、極めて巧妙な手口と見て良い。後人見事にこれに嵌められ、両説激しく論争するが、孝明生存の真相を見抜いたものは今まで本稿以外にない。



落合莞爾の使う禁じ手は、ここに至ってクライマックスに達している。

今まで出てきた諸説は、すべてガセネタでデイスインフォなのだという
真相を公開する仕事を託された落合莞爾だけが、本当のことを見抜いているのだという。



(※落合莞爾の地文の部分)以上転載。(※おわり)


===============



広瀬隆『持丸長者』とも鬼塚英昭の一連の著書とも、真っ向から対立する内容だ。

満州が麻薬帝国であることや、湾統治の麻薬漸減政策の欺瞞には触れない。


満州事変の立役者石原莞爾を上っ面のきれいごとで描いている
石原莞爾は731部隊設立に奔走し、錦州では戦略爆撃をしている。

彼はまた226のヤラセで暗躍した主役の一人でもある。
事前に情報を知っていて夜明け前から現場近くで待機し、
杉山元と組んで速やかに戒厳令を布くシナリオを演じている。


226を引き起こした一因となった永田鉄山の刺殺事件は、
奇しくも石原莞爾が参謀本部初出勤の日に軍務局長室で起きている

「昭和最大の分水嶺」と言われた226は太平洋戦争への道を開いた。
日米戦争開戦時の参謀総長が杉山元だ

私は石原莞爾と杉山元は、天皇直結のエージェントだと考えている。



落合莞爾の顔貌を見ると須磨弥吉郎を思い出す。

「天皇のスパイ」ベラスコをスカウトした元駐スペイン大使だ。

中国大使の時に毛沢東と蒋介石の国共合作のヤラセを事前に知っていた

松本重治はこの西安事件をスクープして一躍世界に有名を馳せた。
松本重治の岳父と須磨弥吉勞は親友同志なのだ。


松本重治の岳父であると同時に、叔父でもある松方幸次郎(松方正義の三男)は、
目を剥くような豪華な松方コレクションの持ち主として有名だ。

やはり印象派の画家の豪華なコレクションを持っていたのが白洲文平。
潤沢な資金はどこからきていたのか。


須磨弥吉郎は寺崎英成とも友人だ。
真珠湾騙し討ちの演出に一役買った後は、天皇の御用掛として活躍した。

兄の太郎ともども吉田茂のコネクションでもある。

吉田茂の養父・健三はジャーデイン・マセソン商会の横浜支店長。
そしてマセソン商会のケデイック兄弟が来日すると、定宿にするのが松本重治の自宅。


ある特定の人々があらゆるシーンで繋がっているのが分かる

彼らを繋ぐものは何か。ワンワールドの最終秘密兵器麻薬だ
昭和天皇は日本支部の元締めみたいなものだろう。


http://www.youtube.com/watch?v=gBcJdqHbp9A&feature=related

takeharasinichiさんが 2012/08/07 に公開


ライシャワーの奥さんハルは松方一族。
ライシャワーと二人三脚を組んで国際文化会館を設立したのが松本重治。
鳩山一郎にカレルギーの「友愛主義」を翻訳させたのも松本重治。
吉田茂の大のお気に入りが松本重治だった。
ちなみに鳩山薫子は堀川辰吉郎の義理の姪に当たる。


バーガミニを貶めたのは田布施出身の歴史家 秦郁彦。

協力するフリをして偽資料を渡したり、出版した後でデタラメだと非難した。
鬼塚さんはバーガミニの奇書を「日本人の誰も書かない真実を書いた」
と高く評価している。そのためにバーガミニは謀殺されたと



秦郁彦はある日突然その鬼塚さんに、
「あんたは大室寅之佑の戸籍を見たことあるのか?」
と電話で難癖をつけてきた。


鬼塚さんが「戸籍は見たことがない」と言うと、
「それなら大室寅之佑は存在しないんだ」
と一時間近く執拗に言い張った。



落合莞爾はどうだろうか。
前座として清朝の美術品を語った後、

堀川辰吉郎を主人公とする怒涛の「堀川政略」を展開して行く。

自分だけが仄聞したという禁じ手を使って、平然と他をなぎ倒して行く所が凄い。



この人は「手の込んだ大野芳」だ。
大野芳の百倍はスケールのでかい百花繚乱の偽史を書ける人だ。

しかし落合莞爾は冷血漢だ。徹頭徹尾、犠牲者に対する眼差しを欠いている。



この人は田布施システムの最終兵器として登場したのではないだろうか。

逆に言うと「堀河戦略」というのはウソ、

「大室寅之祐が南朝の末裔として孝明天皇とタッグを組んだ」
というのは事実無根だということになる
。。  




==============


コメント

01. ♪ペリマリ♪ 2012年10月18日 20:36:46 : 8qHXTBsVRznh2 : iAtoJILBWo
訂正
湾統治の麻薬漸減政策→台湾統治の麻薬漸減政策



02. 2012年10月18日 22:08:30 : rMrJXX84Ac
渡部悌治氏は、「攘夷の流れ(ユダヤは日本に何をしたか)」の中で、堀川辰吉郎
を日本最高のフリーメーソンとしている


辰吉郎の関係した人間を見ると、そのほとんどがフリーメーソン人脈の人間だ。

岡本天明も中矢伸一も船井幸雄も中丸薫、同じ穴の狢であろう。

大本教の出口王仁三郎を援助したもの辰吉郎だった。

堀川と名乗るのであるから、岩倉の系統の人間だと思われる。



03. ♪ペリマリ♪ 2012年10月20日 10:05:28 : 8qHXTBsVRznh2 : N1LkVAAtAg
>>02さん
渡部悌治のその本には色々すごいことが書いてありますよね。
黒田善治のことも書いてあります。

堀川政略に関与した重要人物が黒田家ということになってますが、
石原莞爾は黒田善治には言及していませんね。


渡部悌治はこう書いています。
『黒田は世界無神論者グループの主要メンバーであり、戦時中もモスクワと連絡を絶やさずにいた。蒋介石が重慶に移ってからは居を重慶に写し、当時重慶にあって諜報活動に狂奔していたライシャワーとも提携していた。』

蒋介石、黒田善治、ライシャワー、みんなおトモダチって書いてありますね。
黒田善治と並んで注目してほしい人物が憲兵隊の塚本誠です。
この人物は226~電通の裏史の重低音を奏でています。


元締めは何といっても昭和天皇です。
大元帥陛下の戦争指導によって重慶で戦略爆撃が敢行され、
ゼロ戦がぶっつけ本番でデビューします。
前田哲夫『戦略爆撃の思想』に日中戦争の汚れ仕事の一部始終が描かれています。


ところで山本五十六プロパ調べていた時に、
バーガミニと渡辺悌治が同じ情報を掴まされていることに気付きました。

18歳の芸妓が五十六の諜報活動を助けていたというネタです。
河合千代子は当時相当な年増ですから、別の愛人ということになります。

しかもこの18歳の芸妓は何年たっても18歳として描かれています。
情報源は憲兵隊です。渡辺翁の所に立ち寄って「若いのに良くできた芸妓だ」と。

私は憲兵隊のヂスインフォだと思いました。
だから渡部悌治は「使われている面」も考慮しなければいけないと思います。


「天皇のスパイ」を書いた高橋五郎も渡辺翁に接近しています。

彼は「ベラスコを使った印象操作」を延々とやっている人だと思います。
天皇の国師三上某について書いていますが、大山鳴動して鼠一匹という観があります。



不平タラタラ下級公家出身のの岩倉具視が、
堀河政略に噛んでるのはまずまちがいないでしょう。

所詮堀川政略なんて、岩倉具視クラスの謀略だと思いませんか?
大野芳は前掲書で、岩倉具視を崇高な天皇崇拝者に仕立て上げています。

大野芳は創作を平然とノンフィクションにする人ですが、
いまいち芸がないというか詐術の才能しか感じません。



04. ♪ペリマリ♪ 2012年10月20日 10:15:04 : 8qHXTBsVRznh2 : N1LkVAAtAg
失礼
石原莞爾でなくて落合莞爾です。

石原莞爾つながりで福田和也を思い出します。

石原莞爾の分厚いプロパ本を書いてますね。
文芸春秋の座談会の大御所の一人ですが、
あの常連メンバーが話しているレベルの低さって何なんですかね。

b層のずーーーーーーーっと下でしょう。
あんなんでメシ食ってて恥を知らないのでしょうか。



05. 2012年10月20日 11:27:43 : rMrJXX84Ac
日本人の多くは、魂を売り渡して向こう側(国際金融マフィア=イルミナティ)に
付いてしまっているようです。

日本の財閥、大企業も、ほとんど連中の手先ですね。
そして、キーマンになっているのは、「田布施システム」(天皇)に連なる人間
です。

二・二六事件の発端は、秩父宮による皇位簒奪であったようですが、分が悪くな
ると秩父宮は手を引いてしまった。

梯子を外された形の皇道派青年将校たちは、見殺しにされたのです。
その後の日本は「オレンジ計画」通りに進んで行ったのです。


明治維新以降、陸軍も海軍も中枢にいる連中は「田布施」系列のフリーメーソン
たちです。
山本五十六もその一人で、恐らく撃墜で死んでいなかったのでしょう。


鬼塚英昭氏は「田布施システム」のことを追求されています。
現代の作家では、唯一、真相に迫っている方ではないでしょうか。

戦前の「国際政経学会」の活動を評価し、紹介されていたのは太田龍氏でした。
渡部悌治氏の著書も太田先生から紹介されたものです。

吉田茂、白州次郎も連中の手先として、戦後、行動した一級の国賊・売国奴です。

日本人を洗脳し続けている大手広告代理店3社のキーマン、
電通の迫水、塚本、吉田、博報堂の鮎川、久原、東急エージェンシーの五島、
すべて田布施システムです。


ザビエルが日本に来てから、彼らイルミナティにとって、日本民族は一人残らず
消滅させなければならない最も危険な民族となっているようです。

そのせいか、今、正に日本民族は「絶滅危惧種」になっているように感じます。



06. どぶさいら 2012年10月20日 14:26:13 : loFw68yS.9s8U : ilD4yv9NKE

>「大室寅之祐が南朝の末裔として孝明天皇とタッグを組んだ」
>というのは事実無根だということになる。。  
同意します。


それから、ずっと以前に言ったことに関連しますが、「中山忠能日記」は、漢文のはず。
この漢文日記を解読の上、睦仁(勿論、本物の方)死体が仏像の如く布に包まれて中山家に返されたと、推量したのは、鹿島昇氏です。

大野芳氏の本では、その箇所を引用していながら、鹿島昇氏からの引用であるとは言及しておらず、あたかも自論であるかのように述べていたのには、驚いた記憶があります。(勿論、大野本など、一読しただけで底が知れ、その後一度も読んでいません。)




(転載おわり)



今回のまとめ:

『天皇は古来からの日本列島原住民で渡来人ではない、皇統は南北朝でも明治維新でも途切れることなく、ニ系統の準・万世一系で連続している』、という幻想を振り撒く、落合莞爾。

すくなくとも、神功皇后のとき、:日本列島原住民神武天皇ヤマト王朝の血脈は断絶している、のだけれど。




関連する記事の紹介:

http://yaplog.jp/kenchicjunrei/archive/194

明仁天皇が今読まれている、落合莞爾著『天孫皇統に成り澄ましたユダヤ十士族』には、落合式「天皇家の起源、ルーツ」論に、おおきな間違いがある
2016.12.12[Mon] 2:49


・落合莞爾氏が2015年10月に出版した『天皇とワンワールド:京都皇統の解禁秘史』では、あらゆる黄色人種は中東のウバイド人が全地球規模に拡散したものである、と主張し、日本の天皇は、この中東のウバイド人の全地球規模拡散によった、渡来人と見做していた


・落合氏最新刊の『天孫皇統に成り澄ましたユダヤ十士族』に於いては、天皇渡来人説を全面否定、している。


・これは、落合氏が、日本の天皇がそのユダヤ人と同族と見做されるのは不利と考えて、最新刊の『天孫皇統に・・・・』では、天皇は純粋に古来からの日本列島原住民で、ユダヤ人とは無関係であるとの論調へと変化したのだ、と推測される。

これでは、「天皇家の起源、ルーツ」が、著者の恣意によってどうとでも改変されてしまう


・日本人・天皇とユダヤ人とが無関係としてしまうのは、これは科学的に理不尽である

世界の諸民族の中で、YAP遺伝子を持っているのは、日本人と古代ユダヤ=アラビヤ人だけである事実を、“日本人・天皇とユダヤ人とは無関係”とする立場からは、全く説明できない


・そして落合氏が“天皇は渡来人ではない。日本列島の古来からの列島原住民である。”と主張する時、

日本語の文法が朝鮮韓国語の文法と98%同等であり、日本語は、明らかにトルコ語、モンゴル語、満州語、朝鮮各国語の、アルタイ語族に属する事実、を全面否定する、非科学的立場に迷い込んでいることがあきらかとなっている。


・つまり、落合氏の天皇起源説は如何なる意味に於いても科学的に完全なる誤謬であることが論証されてしまう


・落合氏のこれまでの純血主義的設定では

1)天皇が列島原住民の血も引いていて、2)尚且つ渡来人であり、3)尚且つユダヤの血も引いている、これら相矛盾しているが現実、であることを説明する事は不可能である

そして“天皇は古来からの日本列島原住民である。”なる落合氏の主張は、ではその“古来”以前には何処に住んでいたどのような語族であったのか?の質問に答えようが無い

・ところで、1)天皇が渡来人であり、2)尚且つユダヤの血も引いていて、3)尚且つ列島原住民の血も引いている、のが真実であるのだが、

この1)、2)、3)の一見相矛盾する様に見える3つの真実が、実は何故矛盾しないのか、

それが実現するに至った経緯は一体どのような経緯だったのか?

佐野千遥氏は、その経緯を、理解しやすいように箇条書きで詳述する。


== FIN ==
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日本を代理支配する田布施システム。朝鮮出自在日勢力はどのようにして日本の支配層になったか。その2 CIA・ロックフェ・岸・児玉・笹川、塚本素山、統一教会、勝共連合、創価、真光。


安倍晋三、安倍昭恵で、いま問題の森友学園、塚本幼稚園。
●塚本幼稚園は、元創価初代顧問の日本のドン、右翼黒幕 塚本素山(塚本総業)カンケイなのか?

塚本素山(塚本創業)の秘密【天皇金塊】
https://www.youtube.com/watch?v=DzYl50Otwgw


宝くじ胴元 塚本総業ビルのプリマハム看板は安倍晋三 創価の大幹部だった日本の右翼ボス塚本素山 塚本総業は地中発破技能集団!久本マチャミ実家と同業。児玉笹川塚本で天皇の隠れ財産の管理にアクセス



●創価学会内部の在日創価学会のシンボル「三色旗」


創価学会内部の済州島出身者(南朝鮮労働党残党。金日成主義者)主体の在日人脈による組織内組織を秘密裏に構築。1988年に「三色旗」を制定した。

「三色旗」は創価内部の組織内組織がありそれが組織全体で主導権を持っていることを示している。

画像
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「三色旗」から在日会員は暗黙のうちにあるいは無意識に、一般会員とはちがうアイデンティティをうけとる。一般の末端信者はこの事実を知らない。

三色旗 (Wikipediaより) 1988年に創価学会の旗として「三色旗」が定められた。

ポールから順に青・黄・赤となり色の三原色が使用され、青は「平和」黄は「栄光」赤は「勝利」を意味する。ルーマニアの国旗と同一であるが、中心に学会の紋章や創価学園の校章が入ることもある。



朝鮮民族色 三韓カラー

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創価三色と韓三色は偶然の一致、と作ったものたちは説明するだろうが。
在日系信者への心的効果はある。 ふつうの日本人の信者にとってはどんな心的効果があるのか。
それにしても、結果的にそうなっただけとしても、なぜ三韓色を選んでしまったのか。

報如是。
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●統一教会が、選挙で、全信者へ創価党に投票指示


フォーラム21
http://www.forum21.jp/2007/03/post_40.htm

テレビ界の「鶴タブー」

ジャーナリスト 有田芳生


朝日ニュースターで放送されている「ニュースの深層」に出演した。テーマは「統一教会と政治」。キャスターの上杉隆さんの進行で、いまだテレビではタブーとなっている国会議員秘書への浸透などの問題を自由に話すことができた。

ところが番組が終った直後に山崎拓自民党元副総裁から抗議電話がかかってきた。上杉さんがただちに「山拓」本人に電話をしたところ、わたしが山崎訪朝は統一教会ルートだったなどと語ったことが事実と異なるというのだ。「アリタは嘘つきだ」「告訴する」とも言い添えたという。



山崎訪朝が統一教会系の「ワシントンタイムズ」社長から勧められたことをきっかけにしていることは否定できない事実だ。

ただちに統一教会のディープスロートに連絡を取ると、いくつかの内部資料を渡してくれた。その1枚は2003年の総選挙時の内部文書であった。そこには小選挙区で立候補している山崎拓氏などの自民党候補に投票するように書かれていた。

驚いたことは比例区への指示である。


「比例区は公明党」と大きく書かれているのである。

「全食口」すなわち全信者への指令だ。



「キリスト教」を標榜する統一教会が、創価学会を基盤とする公明党を支援していることはどれほど知られているだろうか。30年も統一教会問題に取り組んでいる知人に知らせたところ「知らなかった」という。

統一教会の公明党支援の根拠は常に権力にすり寄る体質にある。「類は友を呼ぶ」権力志向が両者にはあるのだ。統一教会の文鮮明教祖は「4権を握れ」と命じたことがある。政治、経済、文化、マスコミだ。ここでもまた公明党=創価学会と同じ志向が現れている。
わたしが『現代公明党論』で公明党の与党化路線を書いたのは1984年。あれから20年が過ぎ、いまでは自民党と公明党が与党として権力を行使している姿は当たり前の政治風景となってしまった。



テレビの世界でも学会員ばかり出演する番組さえ多くなりつつある。そこで宗教的なことが語られるわけでもないが、互助会的な意味合いで入信する芸能人もいるようだ。大物学会芸能人の口利きで番組出演が実現することがあるからだ。

学会員プロデューサーやディレクターの「引き」で出演できることも多い。身過ぎ世過ぎの世界にあって、それもまたそれぞれの生き方である。しかしテレビ界でも創価学会タブーが拡大再生産されていることには注意しなければならない。

そうした実態についてテレビで発言することがはばかられるのは、番組制作上の核心にあたるからだ。さらには池田大作名誉会長の報道もまたタブーとなっている。

たとえば国会で池田名誉会長のことが取り上げられたとき、テレビ局によっては、あえてそのニュースを取り扱わない場合がある。あるいは取り上げても、国会議員の発言のなかで池田名誉会長の名前が流れても、字幕ではあえて表記しないこともある。こうした実情を教えてくれたあるタレントも「名前は絶対に出さないでくださいよ」と言うのだった。いまだ「鶴タブー」は生きているのだ。

週刊誌などでは創価学会批判は比較的自由に行われているようだ。それでも知られざる由々しき問題が生じている。ある創価学会員のブログでは「週刊新潮」編集部の内部情報がしばしば明らかにされている。


「驚きましたよ。内部にいるものでも少数しか知らないことが漏れているんですから」とはある編集部員の話だ。公明党=創価学会は不気味で面倒な相手なのだ。


戦前の大政翼賛体制は日本的全体主義であった。いまは新たなる翼賛体制が形成されつつある。その推進者が自民党であり公明党=創価学会なのである。批判の自由が狭まる度合いは、全体主義への傾斜に比例する。





●統一教会とは何


「EIR」誌、二〇〇二年十一月一日号、四十四~四十八頁。

ここに、ジェフリー・スタインバーグが、「ムーニーズ(Moonies)についてのかなり詳しい記事を発表して居る。


● 「ムーニーズ」とは、例の「文鮮明」派を意味する英語である。

● 文鮮明は、北朝鮮生まれ。のちに韓国へ。

● そして、一九六〇年前後に、文鮮明は、韓国CIA(KCIA)の最高幹部、キム・ジョン・ピルを通じて、米英諜報機関の急進右翼グループと結び付いた、と言う。

● 一九九〇年代初頭から、文鮮明とその「統一協会」が、米国のキリスト教右翼、又はキリスト教原理主義運動と結び付いた、と言う。この件は、多分、日本では全く知られて居ない。

● 更に、この米国キリスト教原理主義運動と共に、文鮮明と統一協会は、イスラエルの「シオニスト強硬派」と、緊密に提携して居る、とある。

● 一九九一年十一月三十日から十二月八日まで、文鮮明は、北朝鮮に滞在して、金日成と会談した、と言う。


●統一教会・CIA・モサドは、ユダヤ繋がり。 統一教会・CIA・モサドは、麻薬ビジネス繋がり


日本の裏社会を統括する組織は、在日宗教、統一教会です。

統一教会は、「反共」を標榜する宗教ですが、韓国のKCIAと密な関係を持ちつつ成長して来ました。

KCIAは、米国CIAの韓国の出先機関のようなものです。その親分筋のCIAがユダヤ人脈によって占拠されてしまったことにより、どうやら、KCIAとユダヤ勢力、モサド などの諜報機関との関わりが形成された様子です。

KCIA、統一教会がユダヤ勢力の極東代理店となって暗闇を蠢いているのです。




●CIA、モサド、統一教会、麻薬取引への関与。


統一教会は、南米の国境地帯に根拠地を設けて、なにやら、麻薬の密輸とマネーロンダリングに勤しんでいるようです。

中南米の軍事独裁「麻薬」政権樹立に資金援助し、見返りに麻薬利権を手に入れていたといった実例を、米民主党のラルーシュ氏が指摘しています。


一方のCIAもまた、麻薬の密輸では、確立した立派な犯罪組織です。そのボスである大ブッシュと統一教会の文鮮明が蜜月関係にあること、麻薬の生産国として世界に名を轟かせつつある北朝鮮もまた、文鮮明の組織と深い関わりを持っています。

(文鮮明は、金日成と義兄弟の契りを結んだそうです。)これらの組織が連携して、世界最強の麻薬リングを形成していると考えられます。


アメリカ民主党の2000年大統領候補、ラルーシュ氏は、統一教会の中南米における麻薬事業は、イスラエルのシャロン首相の周囲の犯罪組織との提携により遂行されていると断罪しています。

「統一教会の中南米の麻薬暴力組織との関わりの全てが、イスラエルのアリエル・シャロン首相の極右サークルとの密接な共謀関係のもとに出来あがっています。このシャロンの組織は、現在、ヨルダン川西岸地区およびガザ地区で行われているナチス型のパレスチナ人虐殺の背後にいる連中です。」


国際犯罪の世界で、ユダヤと在日のヤクザ勢力が連携しているということです。後述しますが、「反日」という共通点で、両者の利害が一致していると思います。




▲統一教会がイスラエルのリクードの選挙を支援 、ロックフェラー・ブッシュのために米福音派取り纏め


在日宗教が明確な形で、ユダヤと提携していることが示された例があります。なんと、統一教会がイスラエルのシャロンの政党、リクードの選挙資金を支援していたのです。

表向きは、ユダヤと相容れない ことになっている米国を代表する(隠れユダヤ)ロックフェラー財閥としては、直接、リクードを支援することが憚られるのでしょうか?統一を使って、迂回融資をしたということでしょうか。 統一教会が、ロックフェラーら、ユダヤ裏社会勢力と密接な関係を持つ証左であると考えます。


さらに、統一教会は、ユダヤ勢力の米国右派とりこみのお手伝いもしています。ロックフェラーと組んで、米国福音派の指導者を、次から次にカネで(多分、オンナも使って)篭絡しています。



現在では、福音派の重鎮たちは、揃って、文鮮明に忠誠を誓い、文をメシアの再臨とまで呼ぶ指導者すら現れています。統一教会は、一応、福音派の亜流とみなされることのある宗教です。当初は異端視されたものの、ロックフェラー や、その番頭である大ブッシュの強い後押しもあり、米国の保守層にも容認される社会的地位を、いつのまにか手に入れてしまいました。

福音派の中核を握り、福音派信者7000万人の票を左右するキャスティング・ボードを手に入れたのです。そして、隠れユダヤ、ロックフェラーにその票を献上したのです。

かくして、福音派の大勢力を騙して味方につけたロックフェラーら、隠れユダヤ勢力は、共和党を乗っ取り、イスラエル・ユダヤのための世界改造(改悪)に着手したと言うことです。その第一段階が、自作自演テロである911に続く、アフガン侵略であり、第二ステージが、イラク侵略と言うことです。

http://www.consortiumnews.com/archive/moon.html




●【文の巨額資金とワシントンの盲目】


司法当局の公開した資料によると、レーガン・ブッシュ政権が海外エージェントとしての文鮮明を司法捜査から守るため、いかに組織を動員したか、が書いてある。

一方で、政権は、文の組織をレーガンの政策に反対する米国内の批判者にたいするスパイ活動に利用していた。

文が、政治的な保護を受けるために、昔から使われてきた手段を講じたことは明らかだ

ジョージ・ブッシュ大統領(当時)は、統一の合同結婚式でスピーチを行った。



●現職国会議員128人の「勝共連合・統一教会」関係度リスト (『週刊現代』99.2.27号)などあり。

統一教会から出向する議員秘書は無報酬でもいいとか。英語はできるし情報力もあるし。




▲在日宗教がユダヤのために政界操縦


イラク侵攻に対する日本政府の姿勢に、疑問を感じる方が多いのではないでしょうか?世界の大衆の殆どがイラク侵攻に反対しています。孤立している米英に肩入れしているのは、小泉政権くらいのものです。一体、なぜそこまでブッシュに追従しなくては行けないのか?なにか、裏に事情があるのではないか?

文鮮明は、日本の有力政治家を篭絡しています。現在のその宗教詐欺師の主たる目的は、911以降のユダヤ謀略について、日本政府にブッシュに協力させるということのようです。

世界の世論がイラク侵攻に大反対であるにもかかわらず、日本政府は米英追従の姿勢を見せています。なぜ、そこまでと不思議に思う人も多いでしょう。


自民党は、統一協会の傘下にあり、公明党は創価学会の政党です。どちらもユダヤ資本の仲間であるのですから、ユダヤの傀儡、ブッシュに尻尾を振るのは当たり前のことです。
日本の政権政党は、日本の国民のためではなく、ユダヤ世界権力と在日勢力のための政党だったのです。



文鮮明の有力者の抱き込みの手口は、実は米国でも宗教界、政界において大々的に行われています。日米全く同じ手法で、有力者を篭絡するのですが、目的はやはり宗教家が率いる信者たちの票をブッシュに集めることでしょう。



●アメリカ民主党の有力大統領候補、ラルーシュ氏が、実名を挙げて統一に飼われた政治家、宗教家を糾弾しています。一部抜粋してみましょう。


「文鮮明の統一教会は、ムーニーズとして知られていますが、今日のアメリカにおける腐敗と堕落の最も大きな単一のソースです。統一教会は、たくさんのフロント・グループを通じて、海外でロンダリングされた金を文字通り年間何十億ドルもばら撒いています。


そのうちのいくらかは、ほとんど確実に、違法なドラッグと武器の販売に由来したもの。

アメリカの政治家、宗教のリーダー、元の市民権活動家およびその他の選挙民リーダーを買収するためにです。」

「文の汚い金銭によって買収された、最も有名な上院議員および国会議員中に、ジョセフ・リーバーマン上院議員(民主党、コネチカット)、ジョン・マケイン上院議員(共和党、アリゾナ。)、リック・サントラム上院議員(共和党、ペンシルベニア)およびダン・バートン下院議員(共和党、インディアナ。)がいます。」



自民党に山崎という幹事長がいます。
統一教会の女と桃色遊戯にふけっていた人物です。この先生が、今、統一教会の要望通り?、前言を翻して、ブッシュの後押しに必死になっています。

(文春の山崎幹事長の統一教会信者とのシモネタ記事なんですが、山崎氏の喉元に統一教会が突きつけた匕首だったと考えています。統一教会の言うことを聞かないと、政治生命を潰してやるぞ!といった脅しだったのでは。その後、続報はあまりなく、読売、産経など統一系列のメディアも騒がずに、ボヤは火事に発展せずに鎮火しました。取引成立と言うことでしょうか?)

山崎氏は、過去にはイラク攻撃に慎重な姿勢を明言していました。ところが、最近になると、「国益を踏まえ、最終的な決断をしなければならない」といった感じで、攻撃容認に転向されたご様子です。態度の豹変です。

しかし、統一教会に支配された政治家は山崎氏に限りません。



統一教会は、日本の政治家200人以上を言いなりに使っているようです。自民党にも民主党にも、文鮮明の奴隷がウヨウヨいます。さらに、小泉首相ですが、最近のブッシュ追従ぶりは、見るに耐えません。

小泉首相自身も、父親は選挙区の横須賀に本拠を置く、暴力団、稲川会のフロント政治家と目されたこともありました。

稲川会の故石井会長は、大ブッシュの長兄と商売をしていました。石井さんが、関東圏の覚醒剤売買で儲けた金を、ブッシュ一族が米国で運用していたのです。

稲川会は、関東の覚醒剤流通の要です。当然、マネーロンダリングの局面で、宗教非課税の特権を享受する在日宗教と連携しているはずです。

ヤクザと在日宗教が、ユダヤの意向で日本国の総理大臣を動かしているのかもしれないのです。




▲▲初代モサド長官アイゼンバーグは日本で何を


在日勢力とユダヤの接点は、もう一つあるのではないかと、疑っています。アイゼンバーグなるユダヤ人の極東における暗躍です。

この人は、ドイツ系ユダヤ人であり、既にナチス統治下でユダヤ人狩りが始まっていたドイツから不思議なことに亡命をなし得た人物です

。当時の状況下で、ユダヤ青年が安全に国外脱出することは極めて困難であったと思われます。組織的な支援がそれを可能にしたと思われます。第三国のユダヤ組織です。

つまり、ロシアのユダヤ人がでっち上げたソ連のコミンテルンが、彼を脱出させたと。


同じように亡命を果たしたドイツ系ユダヤ人がもう一人います。キッシンジャーです。彼の方は、米国に渡り、隠れユダヤ、ロックフェラーに拾われましたが。



アイゼンバーグのほうは、1940年に日本に来ています。戦争が始まるか始まらないかのタイミングです。


このユダヤ人が戦中、日本でなにをやっていたのか、全く公表されていません。本人も語らないで世を去りました。日本人のハーフを嫁に貰い、日本国籍を取得して戦後も日本に留まり、永野重雄の知己を得て屑鉄商売などで随分と成功したようです。


だが、突如日本を引き払い、韓国に渡ってしまいました。韓国でも事業を行い、晩年は中国の北京に居を移して、中国で客死しました。



判っている事はそれだけです。しかし、一つ注目すべき事実があります。

彼が、初代のモサド長官だったことです。



彼は、極東におけるユダヤ勢力の拠点作りに派遣されたのではないか?彼が、半島人脈とユダヤを結びつける端緒になったのではないかと。

そして、それは児玉、笹川と言った日本人売国奴との戦中からの秘密の関係をも含むものだったかもしれない。



そうであれば、戦後、日本の裏からの経営を、これらの大陸ヤクザと在日勢力にGHQ~ユダヤCIAが任せたのも、無理なく理解できるのですが。

しかしながら、アイゼンバーグの真実は、闇に包まれて見えてきません。研究者の方々がいつか、解明されることを期待している。





自民党とユダヤ在日勢力

▲自民党はCIA資金で運営されていた



http://www.marino.ne.jp/~rendaico/seito_giminto_history.htm

【サリン事件と自民党のCIA資金の関係】

[平成幕末のダイアグノシス/藤原肇著]



”最近公開された国務省の機密文書によると、CIAが自民党に対して政治資金を提供し、岸内閣の佐藤幹事長が受け取っていたので、日本の政治は外国のカネで動かされていた。

日本政府が米国の諜報機関に操られた事実は、 1995年3月20日のLA・タイムス紙上で、マン記者が全項を使って解説しているが、日本とイタリーが売弁政治だったとして、国辱的な政治が歴史に記録されることになった。


それにしても、オウム真理教のサリン事件のドサクサに紛れて、この重大な売国事件は黙殺されてしまった。


だが、世界の先進国が原子力発電を放棄した中で、核エネルギーに依存する道を突き進んだ路線と共に、日本の運命を狂わせた出発点がここにあった。


これに関連して興味深いのは征矢野仁の記述で、[読売新聞日本テレビ・グループ研究]に引用されたニューヨーク・タイムズの記事は、

「...元CIA工作員(複数)の言によると、この他に、戦後の早い時期にCIAの恩恵を受けた人物として挙げられるは、強力な読売新聞の社主であり、一時期は日本テレビ放送網社長、第2次岸内閣の原子力委員会議長、科学技術庁長官となったマツテロ・ショーリキである」とあって、その後に訂正記事のエピソードを含むとはいえ、元CIA工作員の発言は否定されていない。


正力と中曽根が田中清玄や児玉誉士夫などの利権右翼と結び、CIAコネクションの中で日本の政治に対して、エージェントとして動いていた姿が見え

正力の人脈が占領軍のG2(参謀第2部)に密着し、ウィロビー部長との結びついた意味が納得できる。

原子力施設の工事で最右翼といわれ、中曽根と姻戚関係を持つ鹿島建設の繋がりが、闇の中から浮かび上がってくるのである。”



自民党がCIA資金で運営されていたとの報道を誤魔化すため、サリン事件で衆目をそらした?なるほど、それならオウム事件にCIAが関わっていたわけも解ります。



【Yahooより、真光と中曽根】
極右宗教団体と自民党とオウム真理教


http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835562&tid=figdbbba7pide7acbcr1a6mca1dda4n0ga4noa2babf&sid=1835562&mid=28

「つくる会」が象徴する右寄りな動きには自民党と繋がりの深い極右宗教団体真光も関係しているのでしょうか?以下のリンクは、かつて真光のオーストラリア支部で元真光信者であったオーストラリア人による真光の暴露本です。

同氏は真光幹部として日本に来日もしており、真光現教祖岡田ケイシュウのトレーニングキャンプで特訓も受けています。このキャンプでは「たるんどるぞ! 天皇陛下が悲しまれるぞ!」というのりで天皇陛下を崇拝する真光幹部が育成されているという。

天皇の戦争責任を問うた 長崎市長を襲撃したのはこういう右翼のアンチャンだったのかなあ?

http://www.geocities.com/Tokyo/Shrine/5712/emperor.htm

真光という極右宗教団体、この団体は岡田ヨシカズという戦時中トップクラスの将校で異常な天皇崇拝者だった方が戦後設立しました。

この岡田ヨシカズは南京大虐殺にも深く関わっていました。この真光は、日本人の優秀性を強調したり反ユダヤの姿勢を貫いております。

ちなみにフランスでは創価学会と一緒にカルト団体指定を受けています。この岡田ヨシカズに何度も祝辞を送っているのが中曽根康弘であり、橋本龍太郎や亀井静香も真光のメンバーです。

中曽根の人種差別発言も、日本人の優秀性を強調する真光の思想に影響を受けての事なのでしょうか?

真光の全国大会にでもなれば何百もの自民党議員が前列を占め、選挙にでもなれば真光の全国の道場には自民党の選挙応援ポスターが張り巡らされます。

南京大虐殺に関わった岡田ヨシカズに配慮し、首相当時に南京大虐殺の記述を歴史教科書から削除した中曽根の行動は至極当然だった訳でしょう。



【中曽根ー真光ーオウム真理教】

このオーストリアリア人の元真光信者の暴露本は、真光とオウム真理教の繋がりが指摘しており、オウム真理教による地下鉄サリン事件により国家転覆を計り山口敏男という自民党右翼議員を首相に据えようという試みがあったと指摘しています。

この暴露本によると、「自民党=真光=オウム真理教」という構図が見えてきます。


[平成幕末のダイアグノシス/藤原肇著] わっはっはー。そういうことなんですよ。




ユダヤの手先、日本支配の代理人は、在日朝鮮セクト様であった。在日左翼・在日右翼・在日同和・在日やくざを作って日本を間接支配。


国粋主義であるはすの右翼の3割が在日朝鮮人です。その右翼の母体が勝共連合であり統一教会

しかし現在は、チェジュ島含む全羅道系と高句麗系(現在は北朝鮮)の、元左翼が、統一教会に所属し、日本の偽右翼



人種の違う日本で白人による表からの統治浸透は難しいための、被抑圧者―在日コリアンを使った間接統治。欧米で被抑圧者ユダヤ人を使うように。


明治の教育制度の整備に伴い、韓国の流刑の島チェジュ島などから人手不足を補うために斡旋しました。ユダヤ資本が使われました。

彼らこそ韓国で親日派と分類され、チェジュ島含む全羅道系の在日と、高句麗系(現在は北朝鮮)の在日であり、太平洋戦争中もこちらの在日を中心に日本に移住しつづけてきたわけです。

この明治維新という大昔の国際金融資本の企画から関係している朝鮮人が日本の左翼の源流であり、左翼系には、帰化朝鮮人を含む、こっち系の人がとても多くいるわけです。



逆に戦後の岸信介、児玉誉士夫が米CIAと関与し、ヤクザ、右翼と一体となったのが反共である勝共連合である。実際は日本にいる多くの在日「親日派」と対立している朝鮮カルトの統一教会をはじめとした慶尚道系の在日であり、これが日本の戦後右翼の源流となってます。


作る会、救う会なども少数派の在日(慶尚道系)が多数派の在日(全羅道系)を叩くという構図でしかないんです。

事実、在日特権を是正を掲げていたりする国粋主義であるはすの右翼の3割が
在日朝鮮人です。その右翼の母体が勝共連合であり統一教会そのものなんです。


そして戦後直後に日本の在日朝鮮人(全羅道系)の帰国は、慶尚道系である李承晩大統領に帰国を断られています。
李氏朝鮮の王である李王の帰国さえ認められませんでした。



しかし現在は、チェジュ島含む全羅道系と高句麗系(現在は北朝鮮)の、元左翼が、統一教会に所属し、日本の偽右翼となっています。



戦後のGHQによる3S政策、朝鮮戦争を経て、在日の偽左右翼勢力は、右翼、左翼、政界、財界、マスコミにも、より根を深く侵攻させてしまった。

日本は、右を向いても左を向いても在日朝鮮人だらけなのです。

戦後統治、明治維新でわかるとおり、右左と思想は違えど、彼らは日本を操るグローバル金融資本の忠実な手先として活動している、いまや富裕層が増大したマイノリティセクトなのです。



日本が半ば、在日セクト・隠れ半島人に乗っ取られているのは間違いない。

マスコミやってると、様々な裏情報に接するが、日本が半ば在日に乗っ取られているのは間違いないよ。犯罪界、宗教界、政界、芸能界(笑)と至るところ在日が主導権を握っている。

在日が裏で操っている創価学会=公明党だけには、絶対に投票したり献金したりすべきではないね。


でも、日本の政治家の秘書として統一教会信者が百人以上も入り込んで、政治家がこの問題で動くこともないだろう。


まったく「在日は差別されてる可哀想な少数民族だ」なんて、トンデモねえ(笑)。これは連中が広めた最大の嘘だ。日本最大の産業は年間30兆円を売り上げるパチンコ産業だが、その8割を在日が握っている。おそらく、国民のたった0・5%に過ぎない在日韓国朝鮮人たちが年間で手にする金は、表も裏(笑)も含めて40兆円に達するだろうというのが我々の見方だ。

在日は疑いもなく「世界一リッチなマイノリティー」というのが真実だよ。そして有り余った金を政界にばら撒いている。自民党や社民党の大半の議員は、完全に連中の賄賂で拘束されているよ。だから不正融資で潰れかけた朝鮮銀行に国民の税金1兆円を平気でつぎ込んじゃうんだ。彼らは韓国や北朝鮮に対して土下座外交するしかないんだよ。



韓ブームはメディアを仕切る、満州やくざ在日系電通が仕掛けたものだ。

要するに、かつて在米のユダヤ人が映画産業を通してある種の心理操作をしたように、在日の組織も同じことを日本人に対してやっているというわけだ。テレビ・映画・マスコミ報道・・・こういったものは、もはや韓国と韓国人がいかに素晴らしいか、ということしか伝えないだろう。





●ロックフェラーと文鮮明と笹川良一は、「工作機関・在日右翼」をつくる
http://hiroshima.cool.ne.jp/h_sinobu/touitukyoukai1.html


1962年10月、いわばCIAの出先機関であるKCIA(韓国中央 情報局)の金局長が訪米した。その際に同行したのが文鮮明だった。

金と文は、CIAのジョン・マッコーン並びにキャロル陸軍中将と会談するのが目的だったが、この訪米でネルソン&ディヴィッド・ロックフェラーと 会った。

文鮮明とネルソン・ロックフェラーは、ぜひ自分達の目で世界 統一政府実現を見届けたいと、たちまち意気投合した。


スプリングマイヤーによると、第2次世界大戦直後にロックフェラーは日本で密かにかなりの株式(又は資金)を保有していたが、その日本セクターが隠密裡に文鮮明に資金援助する事を決定したという。

彼の反共十字軍は、「ロックフェラーの新世界秩序に反対する日本の愛国的保守勢力を骨抜きにする」事を使命として動き出した。これが在日ニセ右翼勝共連合だった。


アメリカの意図

1950年の朝鮮侵略戦争の開始とともに、アメリカは、全アジア地域にたいする多角的な反共軍事同盟を次つぎにむすび、ソ連、中国、朝鮮、べトナムの社会主義諸国を包囲する冷戦構造を世界戦略とした。

アメリカはこうして全世界各地に軍事基地をおき、軍隊を駐留させることに成功した。
そして資本を輸出しイギリス、フランス、オランダなどの旧植民地を次つぎに自己の勢力圏にかえ、巨大な経済的、政治的、軍事的利益をあげていった。


当時、この軍事機構結成を推進した立役者は、アイゼンハワー米大統領と、第三代CIA長官アレン・ダレスの実兄、ジョン・フォスター・ダレス国務長官であった。


こうした公然たる軍事的、外交的運動の陰で、アメリカは、CIAという巨大なスパイ・謀略機関をつかい、各国の財界、政界、軍隊、警察から右翼やヤクザに至る反共勢力をあつめ、

世界各地で露骨な反共運動、ひそかな謀略活動をやらせ、気にいらない政府を流血のクーデターでてんぷくさせ、指導者を暗殺した。



そうして誕生したのが韓国朴政権である。朴政権では再び共産・社会主義に戻る事を恐れ、反共活動組織を必要としており、統一教会が宗教と反共活動の2足のわらじをはく事になった。


日本においての反共活動

当時の日本の情勢は、日本最大の組合「国鉄労組」による左翼活動や安保闘争がおこな
われたのに続いて、池田内閣が強行しようとした政暴法案に反対する共産党・社会党を中軸とした行動が進められていた。

米CIAにとっても、安保闘争におびえた日本の支配層にとっても、新しい共産活動に対抗する、既成右翼勢力ではない新しいタイプの反共団体が必要であった。とくに献身的無条件に、疑いを抱かず反共活動たけに専念する若いエネルギーが求められていた。



そして、韓国においてキリスト原理主義のもと、数多くの若者が献身的に活動している統一教会に目をつけるまでに時間はかからなかった。

すぐにソウル統一協会の宣教師崔翅翼が、日本に密入国し、西川勝という日本名で統一協会を発足させ原理運動の「布教」を始めた。




笹川良一は、密入国で逮捕された崔翔翼の身元引受人となり、1963年、統一協会顧問に就任。 財界、政界、警察にわたりをつけて 大々的なテコ入れをした。


統一協会=国際勝共連合が、日本で誕生したのは1968年4月である。

1967年7月、笹川良一の肝入りで、韓国側文鮮明(統一協会教祖)、劉孝之、日本側笹川良一、児玉誉士夫代理の白井為雄、市倉徳三郎らが、山梨県本栖湖畔にある全日本モーターボート競走連合会の施設に集まり、

「第一回アジア反共連盟結成準備会」 が開催されたが、ここで韓国流の反共運動を日本で受け入れることが決められた。



日本の右翼暴力団の「二人の首領(ドン)」が、そのシマ(縄張り)の中で、韓国系ヤクザの活動を承認した手打式と言うことができる。


会合の目的とされた日本における「アジア反共連盟」という名の団体の結成は、日本の旧右翼の中につよい反発があって実現しなかったが、

その後の話し合いで、日韓両国の統一協会が、「国際勝共違合」という看板を掲げ、宗教と反共団体の二足のわらじをはくことが合意された。





創価へのユダヤ資本ネットワーキングの源流


国粋主義であるはすの右翼の3割が
在日朝鮮人です。その右翼の母体が勝共連合であり統一教会

しかし現在は、チェジュ島含む全羅道系と高句麗系(現在は北朝鮮)の、元左翼が、統一教会に所属し、日本の偽右翼

この構図は、創価学会にもあてはまる。



牧口常三郎と大日本皇道立教会に創価の源流があり、戦前は皇道派だったが、戦後はGHQの方針によって反共右翼として組織化され、半島出自反共偽右翼とともに、一方では半島出自左翼転向偽右翼が、創価内部を浸食していった。

組織構成が反共偽右翼・半島出自左翼転向偽右翼であるのは、統一教会とよく似ている。



参照記事の紹介
http://yaplog.jp/kenchicjunrei/archive/130
皇道派だった創価が在日化したのは、GHQと英国チャタムハウス翼下の池田会長から。

June 22 [Sun], 2014, 22:00




在日はポストを駆けあがれた、のは、なぜか !

●創価の国家高級官僚局長以上ほぼ朝鮮系

論壇目安箱 総力調査
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0804/080418-10.html




創価右翼の源流

●大日本皇道立教会


大日本皇道立教会(だいにほんこうどうりっきょうかい)は、南朝を正統としながら、その実、北朝の正統に帰ろうとした、その皇道に沿った教育を行う趣旨の元で、1911年に創立された。中山忠英(父親は中山忠伊卿)(幕末の孝明天皇の皇后の実家、佐賀松浦)が初代会長に就任し、大隈重信、一木喜徳郎、牧口常三郎、戸田城聖、数名の華族により構成されている。後には児玉誉士夫も加入


画像 
makiguchi-44.jpg

http://www.aory.net/new4.html
この写真は大日本皇道立教会(南朝を正統として両統の融和を計ることを目的として大正3年に設立された団体)秋月左都夫第3代副会頭(前列中央、オーストラリア大使・宮内省御用掛・大正6年読売新聞社社長・正3位・勲1等)を中心にして門下の方々を写したものです。
後列右から2人目の人が若き日の児玉誉士夫氏です。同じく後列左端に創価学会(設立当初は創価教育学会)創立者牧口常三郎氏が。




現在の大日本皇道立教会 2代目会頭 四条隆愛(従二位勲三等) 2代目副会頭 三嶋弥太郎(子爵・正三位勲一等) 3代目会頭 四条隆徳(侯爵・正四位勲四等) 3代目副会頭 秋月左都夫(正三位勲一等) 第四代 会頭 中井 天山

http://hissi.org/read.php/kokusai/20090327/dllaZ2VIQ0E.html
中井 天山が、乗っ取って、別の名前の宗教団体にしたらしい。






●創価の、G2-児玉コネクション

創価を保護しながらその運命をコントロールした勢力


ロッキード事件の主役、児玉誉土夫の事務所がある、東京・銀座の塚本素山ビルの持ち主がその人物である。塚本総業本杜も、そのビルの中にある。

塚本素山、本名塚本清。明治40年9月1日生まれ、千葉県出身、昭和10年陸士卒組で、陸軍少佐東部軍、司令官田中静萱大将の専属副官として終戦を迎えた。復員して実業界入りを果たし、昭和31年日鉄中央機械、日新興業、日新実業をまとめて塚本総業を設立し、その代表取締役に就任。


塚本総業は、鋼材、建材、燃料、機械の販売と不動産業などを営業種目とする、非上場会杜。株式の97・3%は塚本素山の持ち株である、完全な個人会社である。全国に11店の支店を持ち、日本製鉄、住友金属、大和製鋼、久保田鉄工、石川島播磨重工などと取引を行なっている。塚本総業に加えて塚本は、塚本不動産、八盛興業各社長。日新興業、大和通運各会長。日本カーフェリー、ニューナラヤ各取締役などを兼任。押しも押されぬ、財界の顔役の一人だという。



この塚本が、激しい反共思想の持ち主であり、日蓮正宗・創価学会の有カな信者だった。

誰に聞いても即座に「塚本は腹のすわった国家主義者、筋金入りの反共主義者だ」という答えがはね返ってくる。立身三京流居合術の免許皆伝、日本刀美術館長。


塚本と学会のつながりは、二代会長戸田城聖の時代にまでさかのぼるといわれ、戸田の激しい反共意識と相呼応する戸田門下団、つまり壮年部の代表的信者として位置づけられていたのだった。



塚本の学会内における地位が、並々ならぬものであることは、かつて彼が創価学会・顧問の地位にあったことによってもうかがえる。昭和36年、第三代会長池田は「学会の基盤をより強固なものにする」という名目のもとに、顧問制度を創設し、この顧問に法華講連合会初代会長平択益吉(故人)、戸田城聖の遺児戸田喬久(三菱銀行勤務)、そして塚本の3人を就任させた。

事実、塚本は顧問の肩書をもって、たびたび学会本部幹部会にも出席し、「池田先生
につき従って信心を」と指導した。正本堂供養にも大口で参加し、「億単位の供養者、5人のうちの1人」といわれたのである。塚本を顧問にすえることによって、池田は塚本の財力を最大限に利用するとともに、彼をパイプ役として、前号で詳述した池田の経済活動、財界進出への布石作りを行なったといえるだろう。



しかしこの顧問制度は、いつのまにか廃止されることになる。一説では、昭和44年から45年にかけて発生した「言論問題」のさなか、後述する塚本の“死の商人”性が噂され、これを恐れて池田は、顧問制度を廃止するという形で塚本との縁を切ったという。

このために池田と塚本の関係は、感情的にもスムーズにいってはいないといわれるわけだが、しかし仮にそうであっても、塚本が学会壮年部の有力な信者であり、強烈な反共主義の持ち主であることに変わりはなかった。

共・創和解について、池田が塚本に頭を下げたという話は、そのまま池田が壮年部総裁の反共意識に屈服せざるを得なかった、両者の力関係を如実に示す説話になっている。



児玉誉士夫と学会のつながり


塚本の名前に触れることは、従来一種のタブーとされてきた。何か不気味なカと雰囲気を彼は持っていたらしい。

学会会員には多くの財界人がいる。戸田順之助・戸田建設社長、本間嘉平・大成建設会長、堀田光雄・富士急行社長、中川一郎・東洋キャリア会長その他。これらの財界人会員については、多くの学会系資料が触れている。

しかし学会顧問の地位にまで就いたにもかかわらず、塚本総業社長・塚本素山については、その名前すら見あたらないのだ。
彼の略歴については前述した。しかし一復員少佐が、いかにして財界の顔役にまでのしあがれたのか、謎は多い。共産党情情報通にいわせれば、彼は“死の商人”なのだという。


「彼は小佐野賢治、児玉らと並ぶ日本の黒幕の一人です。現在、赤旗に連載中の『日本の黒幕、小佐野賢治』が終ったら、次は素山がやられる番になっています」という。

さらに、共産党の対極にいる、公安関係者らも「彼は朝鮮戦争、ベトナム戦争によって財をなした。

米軍から、型が古くなっただけでまだ新品同様に使える武器、車両などの軍需物資を、スクラップとして払い下げを受け、それを分解して韓国、南ベトナムなどに輸出した。もちろん現地で組みたてられ、新品同様の武器になるわけだ。

彼は韓国ロビ一ストの中でも切れ者です」と語る。 これらの話の具体的な内容、活動の全容は、戦後経済裏面史として、やがて明らかにされることもあるだろう。しかしここで重要なことは、こうした活動の過程で塚本が日本の政・財界、そして社会の深層に流れるある特殊な勢力と提携していったことだった。


今回のロッキード事件で、図らずもその一端が暴露された、児玉誉士夫との親交もそのひとつである。塚本の持っていた不気味な力、タブー性はそうした特殊な人脈によっていた。


児玉の政・財界、右翼、暴カ団との相関図は、ロッキード事件の解明過程で多く明らかにされているし、紙面の都合もあって割愛する。しかし塚本が日本の闇のカの近くにおり、塚本を通して児玉が学会にまでつながっていたのは、隠れもない事実だった。

このことが重要なのである。池田は単に財界人としての塚本を利用したのではなかった。日本の黒幕、顔役として塚本を利用し、社会の裏面にまでとどくパイプ作りの布石としたのである。

現在では学会は、児玉と直接に深い触接をとりあう関係にまで入っている。ロッキード事件が発生する以前、昨年(昭和50年)中に、北条浩理事長が児玉邸に出入りしていたことは周知の事実である。


さらに児玉が49年9月、脳血栓で倒れて以来自宅療養している間に、児玉邸の居間にあった「創価学会」の名前入りの、見舞い果物籠を目撃している人物も実在する。



塚本素山は、単なる学会壮年部信者の象徴ではなかった。学会信者の持つ反共意識の、単なる具人化でもなかった。10年協定をめぐって、何故塚本の動きがとりざたされるのか。

何故学会は児玉とつながらなければならなかったか。あるいは後述するように、児玉を通じて元日大会頭・古田重二良(故人)に、また岸信介に何故つながらなければならなかったのか。そこには学会の性格をめぐる、さらに深い、重要な意味が隠されていたのである。



学会の“反共の砦”化構想


まず結論を先にいおう。児玉、塚本ら日本の右翼指導者たちにとって、創価学会は日本民族の意識の、反共の砦のひとつとして位置づけられていたのである。

児玉は日蓮宗大本山・池上本門寺の檀家総代の一人に列している。

児玉の他に永田雅一・元大映社長、萩原吉太郎・北炭会長らも顔をそろえているが、日蓮宗は創価学会(日蓮正宗{しょうしゅう})とは教義的には対立する。たとえば日蓮の意義づけについても、日蓮宗が「日蓮大菩薩」と称して「菩薩」の位置づけを行なっているのに対して、創価学会は「日蓮大聖人」とよび、日蓮を最高位の「末法の本仏」とみるのである。

児玉はその日蓮宗の檀家総代であり、塚本は学会の願問だった。宗教的信条において異るこの2人は、にもかかわらず手を結んだ。

宗教的次元で提携したのではなく、反共という思想的次元において提携したのである。つまり日蓮宗、日蓮正宗を含む、日本の全宗教団を動員して、反共の砦として育成することを考えたのだった。



国際勝共連合の黒幕の一人といわれた人物に、元日大会頭・古田重二良(故人)がいる。

言論妨害事件のおり、古田は必死になって学会防衛にあたった。


「古書を焼く」という名目のもとに、警察、消防署の許可をとり、学会批判書のすべてを集めて、日大グランドで焚書まで行なった。彼は右翼指導者として、学会をつぶしたくなかったのである。


事実、彼は社団法人・宗教センター(現在は崩壊している)を設立し、執拗に反共ラインの建設を試みた。仏教系、神道系を問わず、日本国中のすべての教団、神社、仏閣を大同団結させ「共産主義との対決」にかりたてることをもくろんだのである。

この構想は学会と、学会によって邪宗攻撃された他教団の間の握手がなされぬままに挫折するが、この古田の背後には児玉がいた。児玉と古田はじっ懇の間柄で、昭44年のはじめに発生した、日大脱税事件のもみ消しに、児玉が暗躍したと現在でも噂されているのもその例だ。



つまり創価学会が団体の特性としてもつ「反共性、反日共性」は、単に学会員総体の中にある、意識の集約によってのみ生まれたものではなかったのだ。

一宗教団体としての傾向、範囲を越えて、さらに広い視野から日本の政治、経済、社会を貫徹する宗教以外の価値観、つまり政治的思想によって、あらかじめ以前から学会に与えられた特性でもあったのである。



この“反共の砦”としての性格作りに二代会長戸田城聖も参加した。話は終戦直後に遡る。

昭和21年当時、戸田は獄死した初代会長牧口常三郎に代って学会の指揮をとっていた。彼はこの頃、日本婦人新聞の社長、松崎弥造なる人物と組んで、GHQ・マ司令部から新聞用紙の割当を受ける。


当時の新聞雑誌の用紙割当は、政府の用紙割当委員会が民間の窓口となり、GHQが最終的に決定することになっていた。さらにGHQ内部では、G2(参謀部第二部・作戦部)直属のCIC(軍諜報部隊)がこの種の情報担当を行なっていた。

当時G2はGHQ内部でGS(総司令部民政局)と苛烈な闘争を展開中で、日本を強固な反共国家に育成しようと画策していた。



戸田が一貫して反共思想の持ち主であったのは事実であり、岸信介に接近を図る。


塚本素山という名前は、学会内壮年部の会員の象徴であると同時に、学会外の、しかも社会の深層部分に流れる、右翼指導部の学会に対する圧カの象徴でもあったのだ。

(戸田家と塚本素山は日蓮正宗の檀徒であり、創価とはオモテとしては縁が切れている。)


2008年09月13日 創価学会・池田大作の黒幕とは誰か

杉田かおるの本「杉田」には、創価学会の黒幕つまり池田大作の背後に池田以上の権力を持った黒幕がいると描かれている。杉田は、その黒幕と家族ぐるみの付き合いをしていて、黒幕は、「杉田を守るように」指示を出す。

その結果、杉田は学会を脱会することができた。杉田がテレビに出演するのは、目立っていれば、命を狙われずに済むからだという。 結局、杉田はこの本を出版した直後、離婚するわけだが、思わせぶりな謎を残して終わるB級ホラー映画を見終わった後のように、この本を読んだあとは、池田大作の背後の黒幕の存在が気にかかることになる。黒幕とは誰だろうと疑問に思い、調べていくと、グローバル資本ネットワークにいきつく。





●学園何某(なにがし)は塚本素山であり創価学会(冬柴殿)らしい?
http://blog.goo.ne.jp/j4goocast/e/64360d3ad1e035e7dd73fc9d05cb5652
2017-03-09 13:57:53 | 新興宗教科学教

塚本素山(つかもとそざん)は千葉県出身の軍人 笹川、児玉、クラスの人物だということが最近判明した 創価学会の初代顧問だった 写真はネットでは見つからない

創価学会 国主 池田大作 創価学会は「モサド創価学会」と言われているらしい? 最近の話である 聞くところによると統一教会(=世界統一政府NWO)の下部機関であるというのだ? 日本国中に1,000ヶ所以上のシナゴーグ(教会)を作っている 地方に行くと、その大きさ、豪華さ、に恐怖を覚えるくらいだ! 柏に5年前くらいにできた平和会館は駐車場が200台くらい入る広大さである 広いパチンコ屋の駐車場と同じ感じである それくらいの広さなのだ 

レーニンも封印列車(金塊ゴールドを満載した列車)でロシア入りし、フリーメーソン革命(明治維新と同じフリーメーソン革命)をやった!! 金塊でロシア国中にカネにあかせてシナゴーグを作りまくったのだ 創価学会がその有り余る資金力でシナゴーグ(平和会館)を作りまくっていることと同じである レーニンはこれで不満タラタラの民(大衆)を前面に立ててロシア革命をやっつけたのだ 日本に日露戦争をやらかしたのもこのロシアを倒すためであった 日露戦争で国力が弱ったロシアはレーニンにやられたのだ もちろん、レーニンとは彼らの分身としてのレーニンである



再掲●塚本幼稚園の塚本とは、元創価の日本のドン、右翼黒幕 塚本素山(塚本総業)カンケイなのか?

塚本素山(塚本創業)の秘密【天皇金塊】
https://www.youtube.com/watch?v=DzYl50Otwgw

宝くじ胴元 塚本総業ビルのプリマハム看板は安倍晋三 創価大幹部だった日本の右翼ボス塚本素山 塚本総業は地中発破技能集団!久本マチャミ実家と同業。児玉笹川塚本で天皇の隠れ財産の管理にアクセス






プレスクラブ

●プレスクラブ 2006年10月19日 日本を知るには裏社会を知る必要がある

菅沼光弘 元公安調査庁調査第二部長 講演

東京大学法学部卒業。公安調査庁入庁。調査第二部長として旧ソ連、朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮、中国の情報分析に当たる。


東京(10月19日)―元公安調査庁の菅沼光弘氏(95年退官)が、19日、外国特派員協会で講演し、やくざ(暴力団構成員)が単なる犯罪組織にとどまらず、日本の政治経済と密接にかかわってきた歴史や現状について語った。

「やくざの活動と、日本の表の活動である政治、経済、外交は、複雑な絡まり合いのなかで運営されているのが現状。日本の本当の姿を知るためには、裏社会の問題について十分な知識がないと正確な分析はできない」菅沼氏はそう述べたたうえで、日本の裏社会の構成要素として「やくざ・同和・在日」の3つを挙げた。

また、やくざの6割を同和関係者、3割を在日朝鮮人が占めている と明らかにした。


警察白書(平成17年版)によると、暴力団構成員・準構成員の総数は96年以降増加傾向にあり、その数は8万7千人にのぼる。山口組、稲川会、住吉会の主要3団体で構成員総数の7割を占めるなど寡占化が進んでおり、最大規模の山口組の収入は大企業に匹敵する。

菅沼氏によると、5代目山口組・渡辺組長の時代には、当時のトヨタ自動車の純益が1兆円だったのに対し、山口組は8000億円の収入を得ていたという



菅沼光弘氏の質疑応答

「統一教会と北朝鮮の関係でありますけど、深い関係がありまして、統一教会の例の一番の教祖であります文鮮明はもともと北朝鮮の出身でありまして、そして特に金日成主席の時代にこの金日成と友好関係を結びまして何回も北朝鮮を訪問していますけど、それ以来の関係であります。

ただ、今の金正日将軍様とは必ずしも統一教会は良い関係にはないんだろうと思いますけれども。 日本にもしょっちゅう来ていましたが、アメリカのテキサスで起きたコリアゲイト事件がありましたが、パクトンスンという人物、この人物が嘗て数年前に何回も日本に来た、何のために? この人は私もよく知っているのですが、貴方は誰に頼まれてここに来たのと云ったらはっきりと言いました。

当時北朝鮮の韓国に対する仕事のボスでありましたキムヨンスンと言う書記が居ましたが、このキムヨンスンに頼まれて日本に来ました、と。 そしてこのパクトンスンという人はあまり公にはなっていないけど、統一教会と非常に深い関係があった。

そう言うことから見ましても金日成の時代ほどには深い関係は無いようでありますけど、しかし、今も北朝鮮のために色んな形で働いている、と云うことだろう、と思っている。」

「北朝鮮からの覚醒剤は色んなルートはあります、これは中国経由、あるいは東南アジア経由、あるいは特に台湾経由も多かったのですが、いずれも船舶で運んできました。

何も手荷物で運んでくると云う物じゃ無くって、何十キロ、何トンというものを船で運んでくる。 それで一つの典型的な物はそうだったんですけど、北朝鮮の船は例えば日本海のどっかで覚醒剤の何トンかを沈める、それをこちらに待機していた日本の漁船が回収してくる、GPSが発達しているので、今までは流れてしまうことも多いんですが最近は、100%回収できる、こういうシステムです。

あるいは船と船の間で引き渡しをする、そう言った方法で日本にやってくる、したがって幾ら羽田空港で色んな物があげられるようになっても、日本の覚醒剤市場は殆ど(価格が)上がらない。 しかも今、日本の覚醒剤で一番問題なのは日本の若い人達、それは中学生や高校生、こういう人達の間でものすごく広がっている、これが問題なのです。」



その他の質疑応答のレポート

中川秀直氏については、週刊新潮(06.10.4.)に「黒い幹事長 中川秀直」でも取り上げられている。 彼は、覚醒剤取締法違反容疑で「 警視庁保安課が内偵捜査している」ことを捜査対象者の愛人の女性に漏洩し、森内閣の幹事長を辞任している。

また、本年3月17日の最高裁第二小法廷で、捜査情報漏洩疑惑や右翼団体幹部との交際に関する国会での虚偽答弁が露呈し、官房長官を辞任したと明確に認定されている。
(http://officematsunaga.livedoor.biz/archives/50288585.html)

また、2006年5月、中川秀直氏は安倍晋三氏、保岡興治氏、増原義剛氏らとともに合同結婚式や霊感商法などで物議を醸す宗教団体 「世界基督教統一神霊協会」(統一教会)系集会へ祝電を送った、と言う情報もある。



「何故こんなスキャンダラスな人物を自由民主党の幹事長に選ぶのか、そこに何があったのか」 は菅沼氏だけでなく、国民全員の知りたいところである。

菅沼氏の云われた、「レーニンの云った言葉、残念ながら我々は我々のなった縄で首を絞めている」は北朝鮮については現実のものとなっている。

菅沼氏の云われたように、政府の中枢は北朝鮮系暴力団とも密接な関係を持っており、彼等の暗躍で日本の金が北朝鮮へ送られ、それらの金でミサイルや核兵器が開発され、今、東京を火の海にすると脅かされている。


例えば、警視庁は11月27日に、朝鮮総連を薬事法違反で捜査したが、この捜査情報は事前に朝鮮総連に漏れ、朝鮮総連側は朝7時に集まって待ちかまえていたとの情報もある。 朝鮮総連はどのようにして警察の捜査情報を入手していたのだろうか。
テレビでは多数の朝鮮総連の人間が人垣を作って捜査を妨害し、警官に向かって怒声を浴びせていたが、本来ならば公務執行妨害で逮捕すべきだろう。 (パチンコ店の違法台抜き打ち検査も、同様)




(転載おわり)



日本を代理支配する田布施システム。朝鮮出自在日勢力はどのようにして日本の支配層になったか。その1 伊藤博文から岸・安倍・笹川、統一教会、日本財団。


オルタナティブレポート
http://alternativereport1.seesaa.net/article/65858571.html
(上記サイトの記事より転載)


日本の戦国時代、最も「忍の者」=諜報(スパイ)組織を発達させたのが毛利一族であり、長州藩はそのスパイ組織を引き継ぎ生かし、江戸幕府を打倒する。

■明治天皇は、当初、日本が英国ロスチャイルドと組み、後に満州事変に発展する中国・アジアへの侵略政策を採用する事に強く反対したため、長州藩勢力により殺害され、長州の諜報組織のメンバーが明治天皇に「入れ替わる」。

大正、昭和の天皇、現在の天皇は、この長州藩の諜報組織のメンバーの末裔であり、明治天皇の子孫では全く無い。

以後「ニセ」の天皇の周辺を長州勢力の諜報組織のメンバーが固め、日本の政治は動かされて行く。


長州藩の田布施一味とは、山口県熊毛郡出身の政治家らのことである。
熊毛郡の田布施町を中心にしている。
ここは光市と柳井市に挟まれた寒村だった。

大室寅之祐=明治天皇、伊藤博文、木戸幸一、宮本顕治、河上肇、難波八助、松岡洋右、安倍源基(終戦時の内務大臣)、賀屋興宣などである。
むろん、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三は、この田布施一味の末裔である。


小泉前首相の父・純也は、鹿児島の田布施(現在は加世田市金峰町)出身の朝鮮人である。
鹿児島の田布施も山口県の田布施と同じ、朝鮮人部落である。
小泉純也は上京して小泉又次郎というヤクザ(刺青大臣と言われた)の婿養子となって「小泉姓」を名乗り、日本国籍を取得したのだ。
小泉の次に安倍政権、そのいずれもが朝鮮人部落だった田布施の出身であることが偶然であるわけがない。

 ユダヤ国際金融権力は、こういう人間を使って、日本乗っ取りを支援しながら、連中の弱みを握って、思い通りに支配してきたのだ。

ユダヤは徹底的に日本の事情=弱点を探って研究しつくしている。

例えばとして、鬼塚氏によると、幕末に英国公使パークスは、外交官アーネスト・サトウを使って日本の被差別部落を調査させている。





http://blog.livedoor.jp/ijn9266/archives/3475251.html
(上記サイトの記事より転載)


■日本征服計画② 尊皇攘夷の象徴孝明天皇暗殺 


日本の幕末から明治にかけての時代も、今と同様、日本人はルシフェリアン、闇の世界権力者ロスチャイルド財閥について余りにも無知であった。


かつては尊王攘夷派であった伊藤博文も、赤子の手をひねるようにロンドン留学中完全に洗脳され、ロスチャイルドの手先に堕した。

日本人の魂を抜かれた博文は岩倉具視と共謀して、尊皇攘夷の象徴孝明天皇と息子の睦仁親王を相次いで暗殺する。



坂本龍馬など異常なほど若い志士たちが活躍する幕末から明治の激動期。しかし彼等若き志士達を陰で操ったのは、英国フリーメーソンのジャーディ・マセソン商会の長崎駐在員グラバー(写真下、来日当時若干21才)であり、彼に日本征服の密命を下したのはロスチャイルド財閥だった。



慶応2年(1866)12月某日夜半過ぎ、孝明天皇(写真下)はずっと病んでいた天然痘が快方に向かったため、愛妾だった岩倉具視妹の堀川紀子邸(下京区岩滝町)に夜這いに行く。天皇が用をたそうと厠に入った際、厠の下に隠れていた何者かが彼を槍で刺し殺す。実行犯は伊藤博文である。


彼を刺客として送ったのはグラバー。彼は薩長勢力に軍艦・最新式武器スペンサー銃やゲベール銃を供給させて倒幕勢力を育てる一方、慶応2年12月25日、攘夷佐幕で凝り固まって手を焼いていた孝明天皇を暗殺する為、大阪湾停泊の英国駆逐艦から、若き伊藤博文(写真は若き日の伊藤)を放った。



著名な歴史作家の南原幹雄の曽祖父は御殿医だったが、当日深夜突然呼び出され、致命傷を負って息絶え絶えの孝明天皇を診察。その事実を詳細に記録した日記が残されている。


孝明天皇の息子の睦仁親王も翌年1月の天皇即位から半年後に暗殺される。遺体は布でぐるぐる巻きに巻かれ、実家の中山家に送り返された。

その後数か月間天皇位は空位が続いたが、鳥羽伏見の戦いで官軍が勝利した直後、奇兵隊隊士(第2奇兵隊と呼ばれた伊藤博文隊長の力士隊隊士)当時16歳の大室寅之祐が睦仁天皇に成り代わり、密かに明治天皇となった。


これが偽らざる真実の明治維新史である。ちなみに、大室寅之祐の出身地、山口県熊毛郡田布施町の古老達は、今でも明治天皇のことを「奇兵隊天皇」と呼ぶ。



http://www.asyura2.com/07/bd50/msg/536.html
(上記サイトの記事より転載)


鬼塚英昭氏の新著『日本のいちばん醜い日』(成甲書房)を読むと、日本国家の真相は、明治維新で長州藩田布施一味に国家を乗っ取られたということであることが解る。

(中略)

小泉の次に安倍政権、そのいずれもが朝鮮人部落だった田布施の出身であることが偶然であるわけがない。


ユダヤ国際金融権力は、こういう人間を使って、日本乗っ取りを支援しながら、連中の弱みを握って、思い通りに支配してきたのだ。ユダヤは徹底的に日本の事情=弱点を探って研究しつくしている。例えばとして、鬼塚氏は幕末に英国公使パークスは、外交官アーネスト・サトウを使って日本の被差別部落を調査させている。



『日本のいちばん醜い日』では、「大室寅之助は田布施の生まれ、……伊藤博文(林家が伊藤家の本家)と「虎ノ門事件」を起こした難波八助は一族である。

また宮本顕治(日本共産党)も一族。そして、木戸幸一も系図に入ってくる。京都大学教授でマルクス主義を木戸幸一、近衛文麿に教えた河上肇も一族である。


そして、大室寅之助の生家の近くに岸信介一族の生家もある。この地から代議士の国光五郎、難波作之助が出ている。

また、元外相松岡洋右も岸信介の一族である。あの終戦内閣の最後内務大臣安倍源基も大室寅之助の生家の近くである。






ユダヤ在日勢力の震源地―長州熊毛郡田布施 南朝大室.伊藤博文.岸一族

■統一教会、ハッカビー、「山口組の金庫番」、安倍の、「美しい在日の国」


ハッカビー氏は、元アーカンソー州知事で、大統領予備選でロムニーに勝った事もある共和党の大物議員。

http://ameblo.jp/kennkou1/entry-11383014745.html
(上記サイトの記事より転載)

写真

写真は、2008年6月のハッカビー氏の来日時に議員会館の安倍事務所内で撮られたものだ。安倍晋三氏が「健康上の問題」を理由に、総理の職を自ら辞して、1年も経っていない頃である。

問題は安倍氏の右側に立ち、悠然と笑みをたたえる人物である。真っ白のスーツの丸坊主姿の男性。現在、刑事被告人として公判中の韓国籍の男性、永本壹柱(本名・孫壹柱)氏だ

(3月11日付毎日新聞)、〈捜査関係者によると永本容疑者は山口組系暴力団関係者〉などと報じられたように、捜査当局は「山口組の金庫番」として、永本氏の背後人脈に注目していた。


共和党の大物マイク・八ツカビーは南部バプテスト教会の牧師でもある。
そして、統一教会は南部バプテストを足掛かりにアメリカ進出してる



この写真の何がヤバイかと言うと壺売り安倍晋三が Facebookでハッカビー(この時初来日) の紹介で永本壹柱に1度会っただけと釈明した事だ。

その釈明が時事通信社経由で全世界に発信されてること、しかもオバマとロムニーがやりあってるこの時期に、 壺売り安倍晋三の言ってる事を額面通り捉えると 、共和党大物議員が山口組の金庫番との間にパイプがあるという大スキャンダルな訳だ

米・日・朝鮮のうるわしい関係が、くっきりと照明、証明された



「北朝鮮がミサイル発射や核実験を行った翌年には、米国から北朝鮮への援助が増加する。」春名名古屋大学院教授 日G09・4・9


米国軍産勢力―ユダヤ資本―キリスト教右派―統一教会、の指示のもと、山口組の在日南朝鮮人金庫番がトヨタに匹敵する規模のやくざマネーから北朝鮮に送金

本の金で北朝鮮を延命支援して極東アジア情勢不安を構築維持し、その作られた自作自演の危機から日本を守るという名目でアメリカ様がいつまでも極東アジアに関与し、武器類売りつけで儲け、その他あらゆる日本に関することに関与コントロールし日本から収奪搾取し儲ける

まるっきり平和になっちゃったら米はなんのウマミもなくなっちゃうしね。
極東アジアに展開されるペテン構造を見事に表すこの3者の集合写真というわけ。国土防衛とか抑止力などという寝言は、だいたいこんなもんです。


(在日は部落に浸透し日本人なりすましー日本人同化策の拠点にしている。そして、日本のヤクザ構成員の9割が在日部落である。)





 ■岸・安倍と在日朝鮮人カルト「統一教会」の深い関係

URL http://asyura.com/0601/cult3/msg/528.html
(上記サイトの記事より転載)


●安倍総理の祖父・岸信介は、『統一教会』本部と隣り合わせに住んでいた。

そして、『統一教会』系の政治団体『国際勝共連合』の設立そのものに関わっている。


『自民党』は岸信介の時代から、笹川良一、ロッキード事件の児玉らと共にアメリカ~欧州の軍産複合体と非常に深い関わりを持ち、戦後を通して『統一協会』の資金で活動してきた。

アメリカでは『統一協会』は古くから共和党の最大級の資金源でもあり、『統一協会』の大祭には必ずブッシュ親子からの祝電が届く。

写真

写真:「文鮮明主催の世界言論人会議(第7回)でスピーチする岸信介」




http://www.chojin.com/history/kishi.htm
(上記サイトの記事より転載)


●韓国『統一教会』発行の『統一世界』1990年4月号より; 文鮮明の言明


「日本の今度の選挙だけでも、私たちが推してあげたのが百八議席当選した。私たちの援助が無ければ、無所属で出てきた中曽根なんか吹けば飛んだ。
派閥で見れば、中曽根派は六十二議席にもなって、阿部派は八十三議席。私が全部そういうふうに作ってあげた。この二派閥を合わせるといくつになりますか?それで阿部とか中曽根に、原理の御言を聞け!と言ったら聞きはじめた。」


現在、警察庁・防衛庁・検察庁幹部の相当数が統一教会員である。これは中曽根政権の時代に入省した。


●安倍総理の父・安倍晋太郎の時代には、数百人の統一教会信者を自民党秘書として『無償』で永田町に送り込んだ。議員達は、気が付けば、秘書給与流用の弱みを握られるかたちとなっていた。

韓国人のノービザの件も安倍政権で実行。韓国や北朝鮮勢力はかなり以前から、国政にも地方にも、日本の政界全体に深く食い込んでいる。

国も地方も、自民党も民主党も、日本の国益のために行動しない連中だらけなのか……。



(転載おわり)

改めて、すごい安倍スキャンダル タダ同然の国有地払下げ事件は首相犯罪 昭恵は共犯者 <本澤二郎の「日本の風景」


改めて、すごい安倍スキャンダル<本澤二郎の「日本の風景」(2560) タダ同然の国有地払下げ事件は首相犯罪 昭恵は共犯者

http://www.asyura2.com/17/senkyo223/msg/310.html

投稿者 笑坊 日時 2017 年 3 月 30 日 09:48:47: EaaOcpw/cGfrA j86WVg Tweet    

(上記記事より転載はじめ)



http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52170681.html

2017年03月30日 「ジャーナリスト同盟」通信


<タダ同然の国有地払下げ事件は首相犯罪>

 安倍官邸サイドは、権力を乱用して、「朕思う」の教育勅語を主体とする神道小学校建設に突進した籠池理事長を、偽証告発で口封じに出ているが、本来、偽証告発されるべきは安倍晋三首相の方である。首相犯罪である。

それにしても、改めて広大な国有地をタダ同然で払下げした、安倍官邸の権力乱用事件は、その大胆不敵な、不当・違法な行為に衝撃を受ける。

日本全国の小学校を、神道教育にさせようとの、安倍の狂気を知ると、愕然とするばかりだ。首相の偽証連発と、メディアの枝葉末節の報道に流されてはならない。



<首相しかできない不当な権力乱用事件>

 確認すべきことは、これほどの大がかりな、国家国民の資産である国有地を、まるで「無償供与」するような行為は、過去に存在しなかったろう。
 財務省・国交省・文科省を動員して、神道小学校建設にこだわった人物は、安倍以外にはいない。高市や稲田も、同じムジナだが、彼女らには、その力はない。悪魔の力を発揮できるのは、首相権限を乱用できる人物しかいない。

 永田町の事情に疎い市民でも、大いに理解できることである。安倍の権力乱用事件である。それ以外の第三者は、全く考えられない。麻生でも、これほどの事件は引き起こせない。



<昭恵は共犯者>

 野党が国会での証人喚問を求めている愚かな首相夫人は、まことに愚かな中年女性でもある。教養がない。憲法も読んでいない。歴史を知らない馬鹿者である。彼女は、この事件の主役では、全くない。脇役・共犯者である。

 5人のお付きの役人がいることも判明している。この5人の役人も、憲法を読んでいない。歴史を知らない。もし良識のある役人であれば、昭恵の行動を抑制するはずだからである。

 そもそも私人で、家庭の専業主婦に付き従うということに、谷とかいう公務員は「おかしい」と感じなかったのか。

 昭恵は、公邸での安倍の身の回りの世話をすることが、妻の本業である。3分の2の議席を占めている、内閣人事局で官僚を支配している、ための「専制君主」のような安倍である。妻を「首相公務の補助」にする必要はない。かの天皇制国家主義者で、改憲派・原発派の中曽根康弘でも、夫人を表に出して、悪事に利用することはなかった。



<安倍の思い入れ>

 この大事件の本質は、安倍の狂気の信念と関係している。神社・神道信仰である。日本会議の信条でもあろう。

 歴史を紐解けば、戦前の国家神道が国民の精神を狂わせる元凶となった。家々の神棚と地域の神社と中央の靖国神社や伊勢神宮などの国家神道と、加えて教育勅語による軍国少年育成が重なった。さらに付け加えるならば、国民を奴隷のように虐げることが出来る、大日本帝国憲法である。

 いわゆる明治維新は、この三位一体の体制の下で、戦争する軍国主義の日本、他国民を殺戮する侵略国家日本を現出させたもので、21世紀の今、これの復活はいかなる事由をもってしても、国民も国際社会もNOである。

 この当たり前の日本国民の常識と乖離した安倍の信念が、この大事件の本質である。安倍が籠池理事長にテコ入れした理由である。したがって、今日の日本においては、いうなれば、安倍は日本国民を代表する人物として、全くふさわしくない「日本人」なのだ。それゆえに、多くの国民は、この安倍スキャンダルに強く関心を抱いている理由である。



<講演・講師引き受け>

 安倍の森友学園への思い入れは、講演を約束、講師を引き受けていたことである。自民党総裁選で多忙となり、それがかなわなくなると、わざわざお詫びのメッセージを送っている。
 安倍の神道教育への、異常な熱いまなざしを見てとれる。安倍の信念が、目の前で実践されていることに感動している、明らかな証拠である。それでいて「会ったこともない」と平然と嘘をつく。戦後の政治史で、これほど嘘を連発する首相は、ほかにいない。



<名義貸し>

 森友学園は、安倍名義で寄付を集めている。両者の信念・関係の深さを裏付けている。
 「安倍名義の寄付集め」に安倍自身が、喜んでいたのである。安倍は、それが自分にとって「名誉なことだ」と認識していたことになる。安倍の名義貸しも、両者の関係を証明している。

 思想信条が一体という人間関係は、男女の壁を突き抜けてゆく。安倍と稲田、安倍と高市もそうである。安倍が、自らの後継者に稲田と放言していることも、広く伝えられているが、もうこれは漫画の世界である。
 こんな人物を誉めたたえている新聞テレビの日本である。人間、恥の概念を放棄すると、ど偉いことになる。



<100万円の官房機密費提供>

 安倍が首相になると、籠池は「安倍首相は偉人」と持ち上げた。それもそうだろう、当時の籠池にとって、悲願の神道小学校用地がタダ同然、学校の認可もスイスイ、大阪府の維新知事も全面的に支援してくれる関係にあったのだから。

 戦争法が強行されると、それを幼児に合唱させていた。
そこへと、安倍は100万円を寄付した。正当な金であれば、堂々と公表できるのだが、公表できない100万円だった。領収書不要の官房機密費である。

 永田町の人間であれば、皆が知っている。官房機密費は血税である。正当な使い道であれば、問題にならないが、神道・教育勅語の教育に支出となれば、これは教育基本法と日本国憲法に違反する行為である。

 断じて容認できない。



<昭恵を3度も派遣>

 この100万円を安倍は、妻に命じた。妻はお付きの役人を外させて、直接、籠池に「安倍からです」といって手渡した。その後、しばらくして「内緒にして」と携帯電話で、公表しないように厳命してきた。これの携帯電話は、通話記録で判明する。

 昭恵の嘘つきは、全て官邸の指示で動いている。その責任者が官房長官ということになる。

 昭恵は前後3回も森友学園に出向いて、講演などをしている。その間、神道小学校の名誉校長を引き受けている。安倍の公務を妻に代行させている。



<5人の付き人>

 それゆえに、安倍妻付きの役人の部屋が官邸内に置かれている。
 これも驚愕すべき大事件である。官僚が安倍の手駒のようになって、犯罪に関与していることがわかる。小沢一郎によると、その原因は「内閣人事局」設置による霞が関支配である。

 出世が役人の最大の価値である。という情けない腐った官僚世界を証明していて、悲しい、本当に情けない。

 そうして5人もの役人が、私人である中年女性にかしずいている。5人にも官房機密費が流れていることになる。



<野党4党の党首会談で宝の山を奪え!>

 繰り返し、ジャーナリストの責任として、思うところを真正面からぶつけてきた。

 あとは野党次第である。与党内にも亀裂が走っている。野党は急ぎ党首会談を開いて、この途方もない宝の山を奪うことである。

2017年3月30日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)

 





コメント


1. 2017年3月30日 09:55:09 : VI7iRgP7Yc : e5bsGGtTQlo[18]
▲△▽▼
タダ同然の払下げであったかどうか、そこがひとつの注目すべき焦点だよね。
国民の多くは「タダ同然」だと思い込まされている。それは財務省が書類(経緯を示したノート類)を出さないからだ。
これが明るみに出れば、決してあの土地が「タダ同然」でないことが明らかになるが、そうなると今度は
あの土地を転がしていた悪徳不動産業者との癒着が明るみに出る。それは民進党も困るわけだ。
だから民進党はいつまでたっても本筋の話をしない。いつまでも安倍昭恵夫人のどうでもいい話に膠着するだろう。



2. 2017年3月30日 10:00:53 : 8yxtT4cFog : XSX7Wjay0WI[99]
▲△▽▼
そのとおりです。犯人は安倍です。安倍晋三です、安倍晋三以外にありません。
どこからどうみても安倍晋三です。
安倍晋三は戦前国粋カルト思想に取りつかれています。頭の中はカルトです。
ヘイト人間が安倍晋三を支持しています。



3. 2017年3月30日 10:15:41 : 8yxtT4cFog : XSX7Wjay0WI[100]
▲△▽▼
>>1
それなら現地を深く掘って調査してみましょうか。ゴミが大量に出てこなければ正当な金額だと言う理由は崩れる。ただ同然がはっきりする。

ぜひやりましょう。現地には動かぬ証拠が残っている。所有権は4月には国土交通省になる。拒否する理由は何もないはず。



4. 2017年3月30日 12:24:28 : oxuDHDyii2 : wwqJIbo@U8w[4]
▲△▽▼
 
政府がやらないとおかしいこと
1.昭恵の証人喚問
2.現地の掘削調査

他にもたくさんあるが、最低限この二つだけはやらないと、国民は絶対に納得しない
 


5. 2017年3月30日 12:24:41 : nukAybdoDE : QTPe4yLsSG0[39]
▲△▽▼
「これが明るみに出れば、決してあの土地が「タダ同然」でないことが明らかになるが、そうなると今度は
あの土地を転がしていた悪徳不動産業者との癒着が明るみに出る。それは民進党も困るわけだ。」

 1番さん そうなのです。

 民進の辻元清美の疑惑も かご池メ-ルから出てきてる

 辻元はあきえ夫人とちがい、現役国会議員である

 私人とはちがう、権力者である、即国会であきらかにすべし。



6. 2017年3月30日 12:32:45 : oxuDHDyii2 : wwqJIbo@U8w[5]
▲△▽▼
 
辻本デマうざいんだけど

辻元清美議員の疑惑はデマ確定!籠池理事長の妻が認める!「私は辻元さん見ていません。思ったこと書いただけ 菅野氏取材で判明

http://www.asyura2.com/17/senkyo223/msg/297.html

 

7. スポンのポン[6317] g1iDfIOTgsyDfIOT 2017年3月30日 12:41:45 : ub3Hx2T5Ns : HiNKVHdYRfQ[970]
▲△▽▼
 
>>1.
>それは財務省が書類(経緯を示したノート類)を出さないからだ。

■財務省が書類を出さない理由は何ですか。

 自分を守るためですか
 自民党を守るためですか
 民進党を守るためですか

 支離滅裂を書いて巨悪を擁護する君のような人間の
 脳みそがどうなっているのか一度見てみたい。
 


8. 2017年3月30日 13:41:40 : VI7iRgP7Yc : e5bsGGtTQlo[21]
▲△▽▼
>■財務省が書類を出さない理由は何ですか。
あの土地はいわくつきの土地で、もともと住宅地には適さない。
1.不法投棄が行われて地中にゴミがあること。
2.飛行機の進入路で騒音問題があること。
3.飛行機の進入路直下のため高さ制限があってマンションは建てられない。
こういった土地でありながら、なぜか606号線の北側に広がる一般住宅地の坪単価であの土地の価格が設定されている。
これがおかしい。1~3のマイナス条件に加えて、あれだけの広い土地は一般住宅地とは違って、すべて使えないからさらに坪単価は安くなるはず。
ところが周辺の坪単価で計算されている。

理由は
1.周辺一帯の不動産価値が下がるのをふせぐため。
つまり、あの土地が本来の値段で売られると、それにともなって周辺の不動産価値が低くなる。そうなるとあの周辺一帯の不動産価値は落ちて、莫大な損害が発生する。
2.不動産価値が下がるとそれにともなって不動産税が低くなり、財務省のあの周辺一帯からの税収が減収する。

だから表向きは周辺一帯の土地価格と同じ坪単価で土地価格を算定し、その実、豊中市のような「値引き」や
籠池氏のような「ゴミ撤去費用」という瞑目で本来の価格より一見、大幅に低くい価格での支払いでつじつまをあわせていた。

このことを近畿財務局は隠したいし、おそらく地元で土地を転がしている不動産業者も知られたくないことだろうとおもう。
辻元清美はあの周辺の土地とは深い関係があり、そのことを明らかにする必要がある。



9. 2017年3月30日 13:44:45 : VI7iRgP7Yc : e5bsGGtTQlo[22]
▲△▽▼
訂正。
豊中市の場合は「値引き」ではなく「補助金」です。
いっておきますが、豊中市が買おうとした土地14億3200万円というのは、正式に不動産鑑定士が鑑定したものじゃないということです。



10. 2017年3月30日 14:39:55 : oxuDHDyii2 : wwqJIbo@U8w[7]
▲△▽▼
 
8
>1.不法投棄が行われて地中にゴミがあること。

地下3mまでのゴミ(=1億3000万円分)はあるかもしれないが、
地下9.9mまでのゴミ(=8億円分)は無い、というのが専門機関の見解です

なぜゴミが無いのにゴミ処理費用を土地代から控除するのか?
おかしいですね
 


11. 2017年3月30日 14:46:30 : MhsKhvnTic : KonTLpopQSg[297]
▲△▽▼
この問題が明るみに出なければ昭恵夫人も名誉校長として入学式に出ていた、夫婦そろって素晴らしい教育だと褒めたたえていたではないか、誰が見ても総理が関わらなければ財務局も航空局も大阪府も勝手に事を先に進めない、昭恵夫人の忖度は100%あった。

総理の口利きであの迫田氏の理財局長から異例の国税庁長官の出世がかなった、安倍総理は内閣人事制度にし自分の思う様に官僚人事もしている。独裁者そのものだ。この森友だけではないいくつもの森友が安倍夫婦によって私物化されている。



12. 2017年3月30日 15:47:26 : 0CejVRban6 : urcdmA9xc1s[2674]
▲△▽▼
「首相夫人は、まことに愚かな中年女性でもある。教養がない。憲法も読んでいない。歴史を知らない馬鹿者である。」
しかも薄情で冷酷で遵法精神もない。
それは谷査恵子氏への対応でも分かる。谷氏は完全に冤罪である。昭恵氏はそのことをよく知っている。しかし助けない。冤罪者を自らの手で救えるのに救わない。自分に降りかかるはずだった火の粉を、代わりにかぶせて、知らん顔である。

薄情で冷酷で遵法精神が欠如している。どうしようもないウルトラ偽善者。



13. スポンのポン[6321] g1iDfIOTgsyDfIOT 2017年3月30日 16:19:14 : ub3Hx2T5Ns : HiNKVHdYRfQ[974]
▲△▽▼

>>8.

>1.周辺一帯の不動産価値が下がるのをふせぐため。

■こじつけもいい加減にしたまえ。
 君は自分が正しいことを言っていると本当に思っているのか。
 バカバカしくて反論する気にもなれない。
 ただこれだけは言っておく。
 自民党支持者の論理はいつでもデタラメ。
 
 

14. 2017年3月30日 19:01:58 : hUkJW5PNLO : vS5oQ06@H3c[645]
▲△▽▼
「森友」も 「加計」も安倍が 指令塔



15. 2017年3月30日 19:54:16 : 8ri7n1Qw1Y : A7uzapp3Oxs[12]
▲△▽▼
森友学園の小学校は開校できず破たんした、国会でも取り上げられた加計学園今治ももう無理だろう。

安倍身内利権プロジェクトはもうどこも実施できない。すべての案件に周囲の厳しい目がある。役人が忖度などしたらそれこそ国民の厳しい批判にさらされる。あの同じ内容のない答弁を繰り返す佐川の情けない姿が頭をよぎる。谷氏も気の毒だ。あんな目にはあいたくない。そうなればどの案件も役人は規則どうり動こうとするし上司も同意するはず。安倍の指示で規則を捻じ曲げることはもうできない。

安倍晋三がいつまで粘ろうとこのことは変わらない。退陣すればさらに安倍の悪は暴かれる。安倍晋三にもう逃げ場はないのだ。



16. 2017年3月30日 22:03:46 : AiChp2veWo : crH3ggO@jw4[969]
▲△▽▼
前の土地の持ち主が、「公園つくるからと言ってどかされた。あそこは畑でゴミなんかないよ」と証言しているが・・



(転載おわり)

森友問題で政府が隠していた手紙の中身が判明!籠池理事長から昭恵夫人への口利き依頼はゼロ回答どころか満額回答だった(リテラ



大門議員、素晴らしい追及だ。

もう、言い逃れはできなくなった。


共産「籠池氏に満額回答」と主張 夫人付へ手紙、売却陳情
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017032801002141.html
2017年3月28日 21時05分 東京新聞



昭恵氏付職員に買い取り陳情=籠池氏が手紙で-参院決算委
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017032800951&g=pol
(2017/03/28-18:47)時事通信

(上記記事を転載はじめ)


学校法人「森友学園」(大阪市)の籠池泰典氏が安倍晋三首相夫人の昭恵氏付の政府職員宛てに送った手紙で、大阪府豊中市の国有地について「早く買い取れないか」と陳情していたことが明らかになった。

共産党の大門実紀史氏が28日の参院決算委員会で、独自入手した手紙の内容を公表し、菅義偉官房長官も確認した。

大門氏によると、手紙は2015年10月26日付。政府が表書きを公表した書簡と同一とみられる。

この中で籠池氏は、早期買い取りや賃料の半減などを要望。

同学園は16年6月に国有地を格安で購入しており、大門氏は「籠池氏の要望は全て実現している。満額回答だ」との見方を示した。

 昭恵氏付職員が15年11月に籠池氏に送ったファクスでは、定期借地契約などについて財務省の回答を伝える一方、売却には触れていない。菅長官は決算委で「(財務省の回答は)内容からして、まさにゼロ回答だった」と述べ、昭恵氏付職員が売買に関して便宜を図っていないとの認識を示した。

 菅長官はこの後の記者会見で、籠池氏からの手紙について「(国会の決定があれば)積極的に提出したい。(財務省の)忖度(そんたく)がないとよく分かってもらえる」と表明した。(2017/03/28-18:47)




 
森友問題で政府が隠していた手紙の中身が判明!籠池理事長から昭恵夫人への口利き依頼はゼロ回答どころか満額回答だった(リテラ

http://lite-ra.com/2017/03/post-3031.html

2017.03.28.  政府が隠していた籠池手紙の中身が判明  リテラ

(上記記事を転載はじめ)



FAXによって安倍昭恵夫人の土地取引への関与が取り沙汰されているが、本日、さらに驚きの“物証”が出てきた。本日開かれた参院決算委員会で、共産党の大門実紀史議員が疑惑の“手紙”の内容に踏み込んだのだ。

この手紙というのは、籠池泰典理事長の証人喚問の際、自民党の西田昌司議員が公開した籠池理事長から昭恵夫人付きの職員である谷査恵子氏へ送ったとされる封筒の中身にあたるもの。

この手紙の返答が、件のFAXだと見られていた。証人喚問で西田議員はなぜか封筒のコピーしか取り上げず、肝心の中身に触れようとしなかったのだが、この手紙のコピーを共産党が独自に入手したのだという。



そして、この手紙の中身は衝撃的なものだった。大門議員は手紙のなかで籠池理事長が谷氏へこのような依頼をしていたと明かす。

「定期借地契約が10年なのは短すぎる。50年契約にした上で、じつはいちばんの眼目は『早く買い取ることはできませんか』ということ」


件のFAXでは、籠池理事長が土地の買い受け特約が10年であるところを50年契約にできないかともちかけていたと思われ、実際に財務省の国有財産審理室長は〈これ以上の長期定借は難しい状況〉と返答していた。

だが、この手紙の本題は契約期間の延長ではなく、「国有地を早く買い取りたい」ということだったのだ。

しかも、籠池理事長は手紙のなかで「賃料が高い」「賃料を半額程度にしてもらえないか」と要望。また、工事費の立て替え払いについても「平成27年度予算で返してくれると言ったのに、平成28年度に遅れるのは何事か」と記述しているという。



この手紙の内容は極めて重要だ。なぜなら、これらの籠池理事長の要望は、その後、すべて叶えられているからだ。


手紙は2015年10月26日に送られたものだが、その後、2016年4月6日という平成28年度予算がはじまってたった6日というスピードで工事費の立て替え分1億3176万円が支払われ、

さらには同年6月20日にごみの撤去費用8億1900万円を差し引いた1億3400万円という格安価格で国有地を売却。

15年5月に近畿財務局と締結した貸付契約では月額賃料が227万5000円だったが、この16年6月の契約では、頭金が2787万円、毎年1100万円と延納利息1%という10年間分割払いという内容で、月額にすると100万円以下となる。
手紙当時の月額賃料227万5000円から見事に「半額以下」となっているのだ。



つまり、自民党はFAXの財務省からの回答を「形式的なもの」「ゼロ回答だ」と主張してきたが、根本の手紙を見れば、現実は籠池理事長の願い通りに事が進んだことになる。これは「満額回答」以外の何物でもない。




しかし、この期に及んでも菅義偉官房長官は「内容からして、まさにゼロ回答だと思っている」などと強弁。安倍首相にいたっては「(手紙は)一部しか読んでいない」と逃げたのだ。

だが、こんな詭弁が通用するはずがあるまい。そもそも自民党が封筒しか取り上げなかったのは、その中身である手紙を公開すると「満額回答」であることが発覚してしまうからこそ隠してきたことは明白。

にもかかわらず、安倍首相は同じ決算委員会で昭恵夫人の100万円寄付問題を言及されると、「辻元(清美)議員との間にも同じことが起きている。きょうの新聞に『3つの疑惑』と出ていましたね」「(辻元は)証明しないといけない」などとネトウヨ脳がつくり上げた辻元議員の陰謀論を振りかざす始末だった。



言わずもがな、籠池理事長が昭恵夫人に対して行った“要望”が、ものの全部叶えられているこの事実は、昭恵夫人が土地取引に深く関与していることを明確に示す証拠だ。

引き続き、昭恵夫人の疑惑は徹底して追及されなければならないし、夫である安倍首相の卑劣な言い逃れを許すわけにはいかない。

(編集部)


(転載おわり)